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山田順「出版大崩壊 電子書籍の罠」

出版中止?禁断の書?
帯の「某大手出版社が出版中止した禁断の書」というコピーで退いてしまったが、著者の経歴を見て、購入。著者は、光文社に入社し、雑誌「女性自身」の編集長も勤め、カッパブックスの編集者としても活躍したベテラン編集者。2010年、34年にわたって働いてきた会社が業績悪化。早期退職の募集に応じて退職。自ら電子出版の事業を立ち上げようと奔走する。その現場で明らかになってきた電子書籍ビジネスの実態を描いた本である。
2010年、日本の出版業界は空前の出版ブームに湧いていた。引き金となったのはアップルのiPadの登場。そしてぜん2007年から発売されているアマゾンのKindleのヒットである。著者は、ベテランの編集者であり、活用できる人的なネットワークも豊富にあった。電子書籍ビジネスにおける勝算は十分にあるはずだった…。しかしブームにもかかわらず、アイパッドのBookstore向けの日本語書籍は発売されず、Kindleの日本語版書籍も発売されなかった。その代わり、出版社、印刷会社、新聞社、携帯キャリア、電子機器メーカーによる独自のフォーマットが乱立する状況になってしまった。キンドルのような圧倒的な数も確保できず、読者を惹きつける低価格も実現せず、結果として、各社が発売した電子書籍は、紙の本の数パーセントも売れなかった。これから、さらに電子化が進んでいっても状況は悪化するばかり。多くの出版社が倒産に追い込まれ、出版に関わる人々は職を失っていく。印刷会社も、取次も、書店も例外ではない。利益を上げるのはアマゾンやアップルといったプラットフォームを開発し、運用している企業だけ(北米では)である。著者は自ら電子書籍ビジネスに奔走する中で、日本の出版業界の特殊な事情や限界、さらにITビジネスの難しさを経験していく。その中で「自炊」や「セルフパブリッシング」などの先端トレンドも体験していく。しかし実情を理解すればするほど、絶望的な未来しか見えてこなくなってくる。レビューなどでは、著者は出版側の人間であり、その内部からしか現状を見ていないという指摘もある。しかし自分には、著者がかなり冷静に状況を把握していると思う。すでに出版界も新聞界も人間のリストラに入っていて、正社員はもとより、デザイナー、カメラマン、フリーライターは、どんどん職を失っている。この状況を電子出版が救ってくれるはずがない、と、著者は主張する。
紙の本というメディアの終焉
著者の主張に反論するとすれば、「電子書籍」というのは、まったく新しいコンテンツ流通の仕組みであり、出版界や新聞界が生きのびるためのプラットフォームではない、ということだろうか。なまじ書籍という名前がついているのが間違っているのかもしれない。それはもう本ですらないのかもしれない。新しいコンテンツは、新しい器で提供されなくてはならない。映像であれ、音楽であれ、文字情報であれ、デジタル化できるコンテンツは、いずれパッケージメディアという物質の制約から解放され、クラウドのようなサービスになっていくのだろう。この本の中でも書かれているが、アマゾンは、Kindleを、専用端末から、PC用アプリへ、スマートフォン向けアプリへと展開し、さらにWeb版をリリースした。これはWeb版というより、クラウド版というべきかもしれない。本書を読んでいて、これは出版だけの話ではないと思った。新聞でも、テレビでも、同様のことが起きている。そして自分が長い間生きてきた広告やデザインの世界も、その一部分であり、衰退の一途を辿っている。自分たちがいかに生き残るかではなく、新しい時代に合わせて自分たちがいかに生まれ変われるかが問われているのだろう。
高城剛の転身
著者はあとがきの中で、高城剛の動向について触れている。高城は「デジタルの時代は終わった。これからはオフラインの時代だ」といって「脱デジタル」を宣言し、自らのライフスタイルを一変させた。彼は所有していたモノの大半を処分し、世界を放浪するオーガニックなノマドのような生活をしている。オンライン時代になれば、リアルな店舗な価値を失っていく。しかし、それがさらに進むと、人々は、リアルな、ライブな体験を求めるようになっていくという。「音楽で言えば、これからの本当の価値はライブにある。音楽も演劇もパフォーマンスは全部ライブで見るという、そういうふうに価値観の流れが変わります。」著者も、高城のこの言葉に共感する。「すべてがデジタル化したオンライン社会では、人間は安らぐヒマがない。常にオンラインでネットワークに接続されているから、たとえば、休日に家族と過ごしていても、ケータイは鳴るし、メールが届く。」そして米国でも、日本でも、高額所得者ほど長時間働かなければならない実情を紹介し、いままで自分は何のために仕事をしてきたのだろうと考え込むところで本書は終わる。長年勤めた出版社を辞め、電子書籍のビジネスに奔走し、たどり着いた結論が、本書が描き出したような希望のない現実であったことに、著者は疲れてしまったように見える。