チャールズ・マケイン「猛き海狼」

冬休みのエンターテインメント第2弾。海戦小説という大好きなカテゴリーがあるのだが、なかなか新作が出てこないのが悩み。作家としてはダグラス・リーマン等がいるのだが、高齢のせいか、新作が出てこない。本書は、久々の海戦小説として期待した。有名なポケット戦艦グラーフ・シュペーが登場することも購入理由のひとつ。グラーフ・シュペーはベルサイユ条約の制約「基準排水量1万トン以下。搭載主砲11インチ以下」に従って建造された特異な戦艦だ。大西洋で通商破壊艦として活躍するが、有名なラプラタ沖海戦でイギリスの巡洋艦3隻と戦い、損傷を受け、中立国ウルグアイの首都モンテビデオに逃げこんで自沈した悲劇の艦だ。主人公は、グラーフ・シュペーに乗る若い海軍士官。彼は、史実通り自沈後、南米に潜伏していたが、南米を苦労して脱出し故国に帰る。帰国後、今度はインド洋で、仮装巡洋艦に乗り込み、再び通商破壊に携わるが、艦は沈没。救命ボートでの漂流から奇跡的に生還。今度はUボート艦長として、北大西洋で戦う。かなり期待して読んだが、読み始めて、すぐにグラーフ・シュペーは史実通り損傷し、自沈してしまう。あれれ、と思っているうちに主人公は仮装巡洋艦に乗り換えて、またすぐに撃沈されてしまう。本書にダグラス・リーマンのような面白さを期待していると肩透かしを食らう。戦闘は、あっと言う間に終り、艦はすぐに沈んでしまう。「おいおい、それで終りかよ」と思うほど、呆気ない。Amazonのレビューも酷評だったので、ここで止めようかと思ったほどだ。著者は戦闘シーン以外の部分も執拗に書き込んでいく。敗戦色を濃くしていくドイツの国内の様子。ベルリンの無差別爆撃、ゲシュタポが支配する街の様子…。そして元気いっぱいだった主人公は、戦闘から生還する度に、疲れ、陰影を帯びた人物に変化していく。本書は、スリリングな海戦を描くだけでなく、同時に無慈悲な戦争に押しつぶされ、破壊されていく市民たちの生活を描いていく。読み進むにつれ、戦況は悪化し、街は破壊され、廃墟と化していき、親友は戦死し、主人公も死を覚悟する。いつの間にか、主人公に生き延びてほしいと願っている自分がいる。そうか、著者は、海戦のスリルを描こうとしたのではなく、ある意味、戦争の全体像を描こうとしたのだ。戦艦は大して活躍できずに自沈し、仮装巡洋艦は、あっという間に撃沈され、Uボートは大した戦果を上げられずにいとも簡単に沈んでしまう。考えてみれば、先の世界大戦で、戦艦はもはや時代遅れととなり、大して活躍することなく、主として航空機によって沈められてしまったではないか。Uボートも、戦争末期には、対潜攻撃の進歩で、一発の魚雷も打つことなく海の藻屑となっていた艦が少なくない。巨大で、無慈悲で、無意味で、呆気無い。それが戦争だ。著者はそう言いたかったのだろうか。その戦争に押しつぶされそうになりながら、軍としては許されない行動を選ぶ主人公。その姿に共感を覚える。ストーリーがちょっと安易な気がするが、けっこう楽しめた。本書がデビュー作らしいが、次回作に期待できそう。