角幡唯介「空白の5マイル」

シロクマさんのオススメで購入。秘境探検ドキュメンタリーは好きなジャンルだが、21世紀のいま、世界中の秘境は踏破されつくしているからだろうか、読むのは、もっぱら19世紀から20世紀にかけての秘境探検の話。本書は、2009年という、ごく最近の探検の話だが、その始まりは19世紀に逆のぼるという、ありえないような話。世界最大の峡谷であるチベット奥地のヤル・ツアンポー川峡谷の探検紀行だ。チベットの奥地という、地球上で、文明から最も遠い辺境であるといわれる場所が舞台であること。そしてチベット仏教徒の間に伝わる理想郷の伝説。さらに最初の探検家が発見したという幻の大滝の存在…。19世紀以降、多くの探検家たちがその謎に魅せられて峡谷に挑戦し、踏破してきたが、20世紀の終りになっても「空白の5マイル」と呼ばれる地域が未踏のまま残されていた。本書は、その「空白の5マイル」を2度にわたって踏破しようとしたドキュメンタリーである。2度にわたる挑戦の記述と19世紀に逆のぼる峡谷探検の歴史で構成されている。その中には、日中合同の遠征隊で起きた日本人カヌーイストの遭難のエピソードも含まれている。そして著者による2度の単独探検は困難を極める…。もちろん本書を執筆しているのだから著者は無事生還しているわけだが、その単独行の描写には息詰まるような緊張感を強いられる。読み始めて2日で一気に読了した。長い旅から帰ってきたような静謐な読後感も心地良い。新聞記者でもあったという著者による、綿密な取材に支えられた、抑制のきいた平易な文章もよかった。シロクマさん、よい本を紹介してくれてありがとう。