読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

三浦展+SML「高円寺 東京新女子街」

ライフスタイル コミュニティ ノンフィクション ビジネス

高円寺が、時代とシンクロしているらしい。「下流社会」「シンプル族の反乱」などで知られる著者は、パルコのマーケティング情報誌「アクロス」の時代から自分にとって最も信頼できるトレンドウォッチャーだった。朝日新聞のインタビューの中で、本書を書いた理由を「都市開発や郊外開発を批判してきた者として、それに代わる『こういう街がいい』という提示が必要だった」と語っている。どんな提示なのか、というのを読みたかった。
本書は朝日新聞の書評欄で知り、数件の書店で探したが、すでに売り切れ。Amazonでも売り切れになっていた。出張の帰り、八重洲ブックセンターで探したが、品切れ。諦めてAmaazonで購入を考えていたが、偶然入った地下街の小さな書店で発見。帰りの新幹線で読了した。
高円寺は、いま、とても時代に合ってきている、と著者は語る。「まず街の雰囲気がゆるい。がつがつせずに、毎日を楽しく生きたいという雰囲気が街全体に漂っている」「2番目に、ゆるいのに個性的である」という。「郊外は、巨大ショッピングモールが進出し、都心の百貨店が次々に撤退し、代わりに家電量販店とブランド店が競い合い、街の個性が失われている。その中で高円寺は他の街にはけっしてない個性を持っている。その理由は、街をつくるのが大企業ではなく、あくまでも自由な個人としての人間だからである」と著者は考察する。本書は、日記、レポート、写真、インタビュー、座談会など、様々な手法を駆使して、高円寺という街を様々な角度からフィールドワークした本である。
著者によると「クルマが入り込む広い道路が少ないこと」「路地が多いこと」「街区が小さいこと」「住居、店舗が雑然と同居していること」などが高円寺の街の魅力を作っているという。また歴史的に見ると、60年代後半から音楽好きの若者たちが集まり始め、70年代には、若者の街として、吉祥寺、国分寺、と並ぶ「三寺」のひとつになった。しかし80年代には、時代がバブル志向になり、渋谷、代官山、青山などが好まれ、高円寺など中央線沿線の街は、「暗い、ダサい」と敬遠されるようになった。バブル崩壊後の94年、まだバブル志向が残っていた時期の「別冊宝島 この街に住め!」のアンケートでは、新宿、池袋についで、住みたくない街の第3位になった。ところが1998年の「東京ウォーカー」の住みたい街アンケートでは10位にランクインする。時代が変わったのだ。長期化する不況で、若者には仕事がない。お金がない。だからお金がなくても生きられる街が人気を得るのだと著者は言う。2番目の変化は価値観の変化だ。あくせく、がつがつするより、ゆっくり、マイペース。そういう価値観が若者だけでなく40歳ぐらいまで広がった。そういう人にとっては、一流大学を出て一流企業に勤める人が多い、東急田園都市線よりも、学生、フリーター、自由業が多い中央線の、高円寺のような街が合っている。著者たちが集めた様々な高円寺のディテールは、本書を読んでもらうしかないが、著者が高円寺の空間に加えた考察には、これからの時代の、あらゆる分野のマーケティングに通じるものがある。そのひとつは「中央集権」「一極集中」から「地域分散」への変化だ。「巨大資本によるビジネス」から「小さくパーソナル手作り」への変化だと思う。高円寺のは正反対が六本木ヒルズに代表されるような「都市型大型再開発」であり、郊外の巨大ショッピングモールだという。郊外の巨大ショッピングモールは、全国どこでも同じようなブランドが入った画一的なパッケージであり、街の個性というものはない。また、そこで働く従業員は、別の街から通勤してきて、客以外で接するのは、本社や流通部門の人間である。地域にあっても、その流通は全国規模や世界規模の中で動いている。それに比べると、高円寺は「地産地消」というべきか、街の中で仕入れ、街の中で生産され、街の住民にも消費される。そして、そのやりとりの中で、人と人がつながりあっている。だから看板やディスプレイも手作りが当たり前であり、個人のセンスや趣味がそのまま出てくる。高円寺の特色である路地は、そんなパーソナルな空間と、道という公的な空間が入り交じった有機的ともいえる空間である。その有機的な雑多な空間が、高円寺の唯一無二の個性を産み出しているのだ。街の賑わいとは、本来そういうものであり、かつて日本中の街や商店街が持っていたものだ。それらを巨大スーパーや都市拠点の百貨店の進出で一掃し、人口減少などで業績が落ちると、大型店は撤退し、後には、日々の買い物にも困るような不毛の買い物困難地域が残される…。日本の都市や、街、郊外、そして小売業の興亡を見つめ続けてきた著者が伝えようとしているのは、何だろう。お金がなくても、楽しく生きられる、ゆるい生活スタイル。それこそが、これからの時代を生き残れる、唯一の道ではないか、と主張しているように思える。この本を読んで、少し元気になった。そして、今悩んでいる仕事の、ヒントを幾つかもらったように思う。いま、様々なことで迷っている、あらゆる人におすすめの本である。
村上春樹「1Q84」の中で天吾が住むのは高円寺であり、青豆が教祖暗殺後隠れるのも高円寺のマンションである。著者によると、村上春樹の中で高円寺は重要な意味を持っているという。その考察も面白い。それを書いてしまうと、ある意味ネタばれになるので、読んでみるように。