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坂口恭平「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」


書店の新刊コーナーで「都市型狩猟採集生活」という言葉が目に飛び込んできて、思わず購入。以前のエントリーで、大学を出て猟師になった千松信也氏の「ぼくは猟師になった」を取り上げたが、こちらは「都市型」という「型」がつく。阪神大震災の日の夜、すぐそばの小学校の体育館で一夜を過ごした。自宅から毛布を持ち出してきて眠ろうとしたが、床から伝わって来る冷気と余震の恐怖でほとんど眠れなかった。東京に単身赴任してマンションに初めて泊まった時も、寝具が届かず、寝袋だけでフローリングの床に寝ようとして、やはり寒くて眠れなかった…。以前のオフィスのそばに小さな公園があって、ホームレスの人たちが住み着いていたが、真冬など、とても寒そうで「寒いだろうなあ、心細いだろうなあ、眠れないだろうなあ」と気になってしかたがなかった。しかし本書によると、ダンボールだけで出来た「家」は、冬でも下着だけ十分なほど暖かいらしい…。本書は世間に言う「ホームレス」の本である。それも入門書である。「誰がホームレスに入門したいと願うのだ。」と思うかもしれない。しかし昨今の経済状況を考えると世の中何が起きるかわからない。上に書いた公園のホームレスの人の中には、スーツを着たら大企業の部長といってもよいほど貫禄のある中年男性がいた。今、中年を迎えている男性なら、かなりの割合で失業の不安を抱えているだろう。自分も例外ではない。職を失い、再就職も出来ずにいて、妻からも見放され、無一文で路頭に迷うというシナリオはありえない話ではない。その時、自分はどのように生きるのか?ということを時々考える。無職・無一文になって都市に放り出されたら、あなたはどう生きていくだろう、という問いかけから本書は出発する。まずは衣服、食料の確保。そして寝床の確保、仲間の確保、贅沢や娯楽の見つけ方など、都市でホームレスが生きる知恵をゼロから教えてくれる。狩猟採集生活者にとって、都市は豊かで実り多い場所であると著者は言う。新品の衣料、新鮮な食材、宿泊所、酒や娯楽、果てはシャワーまでもタダで手に入れることができる。建築家であり、ジャーナリストである著者は、ホームレスが公園や河川敷で暮らす0円ハウスに興味をいだき、取材を重ね、遂には多摩川の河川敷で暮らした経験があるという。本書を読んで、少し安心したのは事実だ。「セーフティネット」という言葉があるが、そのセーフティネットからこぼれ落ちてしまっても、落ちた地面は意外にも柔らかくて、ケガもせず、しかもけっこう快適であった。というような話である。さらに「都市型狩猟採集生活」は、エコでもあるという。エネルギーも資源も必要なぶんだけしか使わず、ゴミとして捨てられたものを再利用して使っている…。すべてが経済システムに組み込まれ、有料になっている現在の常識の枠組みを取り払ってみると、都市のいままで見えなかったレイヤーが見えてくるという。しかし何となく納得できない部分もある。手放しで著者の意見に賛成できないのだ。それはなぜだろう。著者の言う「都市の幸」が、都市文明が日々生み出し続ける「過剰=ゴミ」であること。言ってみれば文明のダークサイドの部分に寄生して暮らしているという点からだろうか。あえて猟師という困難な道を選んだ千松信也氏に感じたようなシンパシーが出てこない。それは「ホームレス」という言葉に対する自分の中の強い拒否反応のせいなのだろうか。しかし、ここには、前にも書いたように、エコ・エヴァンジェリストと呼びたい人々と共通する過激さがある。日本が陥っているこの閉塞状況を打ち破るためには、突出した方法しか残されていないような気がする。もう少しこの著者の作品を読んでみるつもり。