ローワン・ジェイコブセン「ハチはなぜ大量死したのか」

ミツバチを飼いたくなった。
読み終えるまで1週間かかってしまった。しかしとてもいい本だ。一夜にしてミツバチが大量に失踪する現象「CCD」蜂群崩壊症候群(ほうぐんほうかいしょうこうぐん、Colony Collapse Disorder、)について書かれたドキュメンタリー。
それは2005年頃に始まり、2007年の春までに北半球のミツバチの1/4が失踪した。CCDには様々な原因が考えられた。携帯電話の電磁波、ダニ、遺伝子組み換え農作物、果ては宇宙人による誘拐説まで…。本書はその原因を一つ一つ検証していく。そのプロセスは、良質のミステリーを読むようにスリリングだ。
結局はっきりした原因はわからない。というより原因は一つに特定できないようなのだ。読み進むにつれ、北米におけるミツバチと養蜂業の深刻な状況が明らかになってくる。大規模な巣箱に閉じこめられ、抗生物質と高カロリーな餌を与えられ、ダニ退治の殺虫剤に晒され、トレーラーに乗せられ、大陸を移動し、アーモンドの受粉のために貸し出される。CCDは、ある日突然発生したのではなく、様々な要素が複合的に絡み合ってミツバチの生態にストレスを加え続けた結果が、CCDだったのだ。それは、もちろんミツバチだけの話ではなく、生態系そのものが崩壊の危機に瀕しているのだということ。その根本の原因となっているのが、農業のビジネス化であると言う。養蜂業もアーモンド畑も、規模と効率の追求のために、合理化、巨大化し、ミツバチを生産設備や原材料のように考えるようになってしまっている。
本書はミツバチの失踪に始まり、大規模で深刻な環境問題を警告する本だ。しかし、それ以上に読んで楽しい本でもある。特に第2章で語られるミツバチの生態やその社会についての部分は、とても美しくて、知的な満足を与えてくれる。本書を読み終えた読後感も、シリアスだが、絶望的ではない。
自分の場合は、ミツバチを飼ってみたくなった。そんな読者のために、巻末には趣味としての養蜂を始めるための参考資料が掲載されている。訳者によれば、日本ではミツバチを取り巻く状況は北米ほど深刻ではないようで、CCDは起きていないようだ。日本でも趣味で養蜂を楽しんでいる人が少なくないという話も驚きだ。

ハチはなぜ大量死したのか