文学

村上春樹「街とその不確かな壁」

また、そこに戻っちゃうの? というのが、読み始めての印象。 第一部は、1985年発表の「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」の中の「世界の終わり」の部分と、1987年発表の「ノルウェイの森」を、三十数年後にもう一度読み読み直している感じ。とい…

岸 政彦「ビニール傘」

前回エントリーのエッセイ集「大阪」は、今までにない切口の大阪が描かれていて新鮮だった。著者のひとりであり、社会学者でもある岸氏の小説も読んでみることにした。「ビニール傘」とは思い切ったタイトル。本書にはもう一編、「背中の月」という中編が収…

桐野夏生「日没」

本書は割と早く購入していたが、今の僕には、内容が辛そうなので、ふた月近く手をつけなかった。読み始めたのは購入から2ヶ月ほど経ってから。主人公はエンタメ系の女性小説家。時代は現在からそう遠くない近未来だ。著者は、冒頭近くで「市民が国民と呼ばれ…

村上春樹「猫を棄てる」

「小さな本」だ。 ハードカバーの新書サイズでページ数も100ページほど。台湾のイラストレーターによる叙情的な挿画ページもしっかりあるので、本文はさらに短い印象を受ける。1時間ほどでスルッと読めた。しかし、この「小さな本」の読後感は、長編小説を読…

本が読めなくなった。

春頃から急に。 今年の3月頃から、急に本が読めなくなった。症状はこんな感じ。読み始めて数ページも進まないうちに集中が途切れ、本を閉じてしまう。目は文章をたどり続けているのに数行過ぎてから意味が入ってこないことに気づく。それとすぐ眠たくなる・…

山折哲雄・上野千鶴子「おひとりさまvsひとりの哲学」

面白すぎて、いっきに読了。痛快対談。 意外な組み合わせに興味をひかれて購入。上野は「おひとりさまの老後」「男おひとりさま道」「おひとりさまの最期」など、独居老人のリアルな老後を考察した「おひとりさま」シリーズを著した社会学者。彼女は、西洋的…

柳広司「風神雷神」

2015年、京都国立博物館で開かれた「琳派展」において、宗達、光琳、抱一の「風神雷神図」が一堂に会した。宗達の「風神雷神図」は、他の2点とは「次元が違ってる」と感じた。作品が放射しているオーラが桁違いに強い。日本画の絵師の中で、俵屋宗達と伊藤…

川上未映子・村上春樹「みみずくは黄昏に飛びたつ」

こんなすごいインタビュー、読んだことがない。 「騎士団長殺し」を読んだ人なら絶対おすすめ!インタビュアーの川上未映子は、十代から村上作品の熱心な読者で、彼の小説はもちろん、エッセイやインタビューなどまで全部読んでいて、しかも、そのディテール…

桐野夏生「夜の谷を行く」

著者の作品で読んだのは「魂萌え」「グロテスク」ぐらいだが、テレビドラマや映画になった作品は気になってけっこう見ている。著者は実際に起きた事件をモチーフにして作品を書くことがあるが、本書も連合赤軍の事件がモチーフになっている。事件は僕が高校…

村上春樹「騎士団長殺し」

サクサク・ストーリー。 これまででいちばんサクサク読めた。途中でひっかかったり、退屈したり、考え込んだりすることなく、ほんとうに、サクサク、サクサクとストーリーが進んでいき、2冊合わせて1000ページにもなる大作をいっきに読ませてしまう。元々ス…

鳥居「キリンの子 鳥居歌集」

詩歌の本はほとんど読まないが、知人から本書を教えられて、即購入。著者のプロフィールが凄まじい。2歳の時に両親が離婚。目の前で母が自殺。児童養護施設に入るが虐待を受ける。小学校中退、ホームレスにもなった。拾った新聞で文字を覚え、短歌を作りは…

加藤典洋「村上春樹イエローページ1/2/3」

同じ著者による「村上春樹はむずかしい」を読んで、さらに、初期の村上作品を再読してみて、色々と考えさせられるところがあった。そこで「村上春樹はむずかしい」の前身とも言える本書も読んでみることにした。幻冬社から文庫で出ているが、1、2は絶版。3…

ミシェル・ウエルベック「服従」

これも原さんから。フランスにイスラム政権が誕生するという架空の近未来を描いた小説。日本の読者の間でもかなり話題になっている。読んでみてとても面白かったのだけれど、僕の知見では、要約や批評的な文章は到底無理。フランスにイスラム政権が成立する…

加藤典洋「村上春樹は、むずかしい」

友人である原さんのおすすめ。デビュー作「風の歌を聴け」から「女のいない男たち」まで、村上春樹の作家活動の全容を新書250ページ余りで一気に語りつくす。著者は村上春樹の作家活動を「初期」(1972〜82)、「前期」1982〜87)、「中期」(1987〜99)、「後期…

伊藤桂一「静かなノモンハン」

「ノモンハンの夏」とは対照的に、兵士の一人一人に寄り添うように書かれたノモンハンである。著者自身が中国北部で4年9ヶ月の軍務に就いている。小説家で詩人。本書で1984年、芸術選奨文部大臣賞、吉川英治文学賞を受賞している。もう新刊では買えず、ama…

村上春樹「職業としての小説家」

これはメイキング・オブ・ハルキワールドである。 あまりチャーミングとは言えない素っ気ないタイトル。思うところあって、即、購入。村上春樹は、デビュー以来、ずっと継続して読んできた。しかし、90年台半ばまでは、かなり批判的に読んできたと思う。その…

村上龍「オールド・テロリスト」

著者の作品を読むのは、2005年の「半島を出よ」以来。80年代、90年代、二人の「ムラカミ」の作品を並行して読んでいた。その頃は、どちらかというとリュウのほうに共感していたと思う。しかし、今世紀に入った頃からは、ハルキばかり読むようになってきた。…

稲葉真弓「少し湿った場所」

前回のエントリーで書いた著書「海松」「半島へ」の著者によるエッセイ集。2014年8月30日に膵臓癌で逝去。巻末のあとがきの日付が8月吉日となっている。あとがきの文章が、病床で書かれたのだろうか、ちょっと不思議な文章で、胸をつかれる。エッセイの内…

稲葉真弓「海松」「半島へ」

今年8月、本書の著者が亡くなっていた。享年64歳、すい臓がんだった。その事をつい最近まで知らずにいた。たまたま書店で見つけた著者のエッセイ集「少し湿った場所」を手にとって帯の文章を読んで初めて知った。 数年前に著者の短篇集「海松」を初めて読ん…

奥泉光「東京自叙伝」

タイトルがとてもいい。コンセプトが明快に見える。著者は1994年「石の来歴」で芥川賞を受賞している。2年ほど前に著者による「神器―軍艦「橿原」殺人事件」を読んだ。「神器」は、ミステリーと思って読み始めたが、内容はかなりぶっ飛んでいた。太平洋戦争…

新庄耕「狭小住宅」

前回のエントリーのきっかけになったHさんのFBの投稿の中で触れられていた本書、読んでみることにした。話はシンプルだ。Hさんによると「不動産販売の営業マンになった若者の、売れない苦闘と、売れるようになった後の精神的退廃の物語」。主人公は入社から…

Hサんの返信への返信 村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の旅」

Hさんという人がFacebookに村上春樹の新作への感想を書いていたので、コメントを付けたら、彼のブログに長い返信が書かれてびっくり。http://water-planet-bungaku.blog.so-net.ne.jp/2013-05-16 その内容は彼のブログを読んでもらうことにして、その返信へ…

村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

いわくありげなタイトルと発売日のみの発表で、ここまで話題になるのだから凄い。店頭に大量に置かれた本書をレジに持っていくのは、少し恥ずかしい。本を買うのに、こんな気持ちを体験するのは珍しい。村上春樹の作品。かつては時代のトレンドをチェックす…

和合亮一「詩の礫」

たぶん40年ぶりぐらいに詩集を買った。NHK BS「週刊ブックレビュー」のおすすめ本。著者は詩人。福島で生まれ、福島に住んでいる。震災の直後からTwitterでつぶやき始める。つぶやいた直後、全国から171人のフォローがあった。翌朝には550人、3日目の朝には…

古川 日出男「馬たちよ、それでも光は無垢で」

友人に借りた本。友人は本書を読み始めたが「すごくしんどい。先に読んで」という。読んでみた。なるほど…。詩を思わせる、美しい、不思議なタイトルに惹かれる。著者の作品を初めて読んだが、一言で言うと、言葉のコードが違うという感じ。だから読みにくい…

池澤夏樹「春を恨んだりしないーー震災をめぐって考えたこと」

120頁ほどの薄い本。小説家が震災や原発について書いた本が読みたいと思った。報道の言葉ではなく、ジャーナリストの言葉でもなく、小説家の言葉で、今度の震災を語って欲しかった。被災地の光景や空気、匂い、音、人々を描写してほしかった。著者は詩人で、…

須賀敦子の「やーね」

先週末、朝日カルチャー講座で湯川豊氏の「須賀敦子を読む」という講座を聴講。2月23日の日記でこの著書を取り上げたのも、この講座の予習を兼ねた再読だった。しかし結果は、かなり失望。講座で著者が語ったことは、すべて著書の中に書かれていたことで…

デイビッド・ベイショー「追跡する数学者」

主人公である天才数学者の、かつての恋人アーマが、突然失踪してしまう。作家であり、本の装丁家であった彼女は数学者に351冊の本を寄贈して行方をくらます。数学者は、残された本を手がかりに恋人の行方を探しはじめる。ミステリと思って読むと、がっか…

古井由吉「杳子・妻隠」再読

たぶん30年ぶりぐらいの再読。単行本で持っていたはずだが見つからず、本棚から新潮文庫で2冊発見。ふだん同じ本を再読することはほとんどないが、この作品だけは例外中の例外で、少なくとも数回は読んでいる。基本は恋愛小説だ。主人公は大学生。単独登…

古井由吉「やすらい花」

20代の頃、最も傾倒した作家の一人だった。自分の生涯の読書歴の中で作家の番付表を作るとすれば、間違いなく大関以上、ひょっとしたら横綱の位置に来る人かもしれない。「内向の世代」と呼ばれた作家群の中心的存在。おそろしいほど緻密な、それでいてし…