小説

村上春樹「街とその不確かな壁」

また、そこに戻っちゃうの? というのが、読み始めての印象。 第一部は、1985年発表の「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」の中の「世界の終わり」の部分と、1987年発表の「ノルウェイの森」を、三十数年後にもう一度読み読み直している感じ。とい…

逸木裕「風を彩る怪物」

ほぼ一年ぶりの投稿になってしまった。本はそこそこ読んでいるのだが、年齢のせいか、感想を書く集中力が不足しているのが主な原因。久しぶりなので書けるかどうか心配だ。 オルガン小説? 本書は、帯の「『蜜蜂と遠雷』以来のスペシャルな音の洪水。」とい…

玉岡かおる「帆神」

江戸末期に活躍した播磨高砂の英雄、工楽松右衛門の生涯を描いた小説。著者は兵庫県出身の小説家。初めて読む人だ。 もう随分前になるが、友人で建築家のY君に誘われ、高砂市のイベントに出かけたことがあった。Y君はその当時「兵庫ヘリテージ」といって、県…

岸 政彦「ビニール傘」

前回エントリーのエッセイ集「大阪」は、今までにない切口の大阪が描かれていて新鮮だった。著者のひとりであり、社会学者でもある岸氏の小説も読んでみることにした。「ビニール傘」とは思い切ったタイトル。本書にはもう一編、「背中の月」という中編が収…

岸 政彦・柴崎友香「大阪」

NHKのEテレで「ネコメンタリー 猫も、杓子も」という番組があって、作家や学者が猫と暮らす日常を記録したドキュメンタリーだが、この番組を見て、本書の著者のひとりである岸政彦氏を初めて知った。番組の中で描かれた、著者が散歩する街の風景が、大阪の港…

桐野夏生「日没」

本書は割と早く購入していたが、今の僕には、内容が辛そうなので、ふた月近く手をつけなかった。読み始めたのは購入から2ヶ月ほど経ってから。主人公はエンタメ系の女性小説家。時代は現在からそう遠くない近未来だ。著者は、冒頭近くで「市民が国民と呼ばれ…

村上春樹「猫を棄てる」

「小さな本」だ。 ハードカバーの新書サイズでページ数も100ページほど。台湾のイラストレーターによる叙情的な挿画ページもしっかりあるので、本文はさらに短い印象を受ける。1時間ほどでスルッと読めた。しかし、この「小さな本」の読後感は、長編小説を読…

有栖川有栖「幻坂」

ちょっと寄り道読書。昨年3月に散策した天王寺七坂を題材にした短編集ということで購入。著者の作品を読むのは初めて。「大阪ほんま本大賞」というのがあるそうで、『大阪の本屋と問屋が選んだ、ほんまに読んでほしい本』ということらしい。本書は、2017年…

P・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」再読。映画「ブレードランナー2049」を観る前に。

「ブレードランナー2049」を観る前に。40年ぶりの再読。

柳広司「風神雷神」

2015年、京都国立博物館で開かれた「琳派展」において、宗達、光琳、抱一の「風神雷神図」が一堂に会した。宗達の「風神雷神図」は、他の2点とは「次元が違ってる」と感じた。作品が放射しているオーラが桁違いに強い。日本画の絵師の中で、俵屋宗達と伊藤…

柞刈湯葉「横浜駅SF」

「横浜駅」が暴走、自己増殖して日本を覆い尽くす。 映画「ターミネーター」で人類に反乱を起こす人工知能の名は「スカイネット」。本書では「横浜駅」と「スイカネット」が暴走を起こして、日本全土を支配しようとする。昨年末に出版された直後、書店で手に…

川上未映子・村上春樹「みみずくは黄昏に飛びたつ」

こんなすごいインタビュー、読んだことがない。 「騎士団長殺し」を読んだ人なら絶対おすすめ!インタビュアーの川上未映子は、十代から村上作品の熱心な読者で、彼の小説はもちろん、エッセイやインタビューなどまで全部読んでいて、しかも、そのディテール…

数多久遠「半島へ 陸自山岳連隊」

この時機に、あまりにタイミングが良すぎる!?出版。 実兄の暗殺、粛清される高官たち、ミサイル発射、核実験など、エスカレートする挑発行為…。迫る北の崩壊。その時、韓国、米国、中国はどう動くのだろう。そして日本は、自衛隊はどう対応するのだろう…。…

桐野夏生「夜の谷を行く」

著者の作品で読んだのは「魂萌え」「グロテスク」ぐらいだが、テレビドラマや映画になった作品は気になってけっこう見ている。著者は実際に起きた事件をモチーフにして作品を書くことがあるが、本書も連合赤軍の事件がモチーフになっている。事件は僕が高校…

村上春樹「騎士団長殺し」

サクサク・ストーリー。 これまででいちばんサクサク読めた。途中でひっかかったり、退屈したり、考え込んだりすることなく、ほんとうに、サクサク、サクサクとストーリーが進んでいき、2冊合わせて1000ページにもなる大作をいっきに読ませてしまう。元々ス…

塩田武士「罪の声」

あの声の主 本書は1984年から1985年にかけて起きた「グリコ・森永事件」を題材にした小説。この事件を題材にした作品では高村薫の「レディ・ジョーカー」がある。本書の舞台は、事件から31年経った「現在の関西」だ。なぜ「現在」なのか?その理由は、主人公…

池井戸潤「陸王」

著者の作品を初めて読んだ。「下町ロケット」は面白そうだったが、ベストセラーになり、映画やドラマになってしまうと、天邪鬼の虫が動いて敬遠していた。まずタイトルの「陸王」が目に飛び込んできた。今の人はほとんど誰も知らないと思うが、「陸王」は、…

ウィリアム・ホープ・ホジスン「グレンキャリグ号のボート」

個人的な趣味の本の話。翻訳されるのを、40年近く、待ちに待って、待って、待ちくたびれて、諦めてしまっていた作品。英国の怪奇小説作家ウィリアム・ホープ・ホジスン(1877〜1918)の、ボーダーランド三部作と呼ばれる長編シリーズのひとつ。ナイトランド叢…

加藤典洋「村上春樹イエローページ1/2/3」

同じ著者による「村上春樹はむずかしい」を読んで、さらに、初期の村上作品を再読してみて、色々と考えさせられるところがあった。そこで「村上春樹はむずかしい」の前身とも言える本書も読んでみることにした。幻冬社から文庫で出ているが、1、2は絶版。3…

ミシェル・ウエルベック「服従」

これも原さんから。フランスにイスラム政権が誕生するという架空の近未来を描いた小説。日本の読者の間でもかなり話題になっている。読んでみてとても面白かったのだけれど、僕の知見では、要約や批評的な文章は到底無理。フランスにイスラム政権が成立する…

牧村泉「梅ケ谷ゴミ屋敷の憂鬱」

友人の寺久保さんのおすすめ。著者は、コピーライターから作家に転身、2002年、「邪光」で第3回ホラー&サスペンス大賞を受賞。寺久保さんが開いた集まりで会ったことがあるかないか…。「邪光」は読んだ。主人公の女性の心理描写が巧みで、平凡な主婦がじわ…

加藤典洋「村上春樹は、むずかしい」

友人である原さんのおすすめ。デビュー作「風の歌を聴け」から「女のいない男たち」まで、村上春樹の作家活動の全容を新書250ページ余りで一気に語りつくす。著者は村上春樹の作家活動を「初期」(1972〜82)、「前期」1982〜87)、「中期」(1987〜99)、「後期…

P・W・シンガー&オーガスト・コール「中国軍を駆逐せよ!ゴースト・フリート出撃す」

最近、軍事関係のエントリーが多いかなあ…。実際には、読む本全体の1/10にもならないと思うが、最近のエントリーだけを読むと誤解されるかもしれない。潜水艦モノ、海戦モノ、ハイテク軍事スリラーはもともと好きなジャンルだけど、本書も、その類である。…

数多久遠(あまたくおん)「黎明の笛」kindle版

前回エントリーの「深淵の覇者」の著者のデビュー作。著者は航空自衛隊の元幹部自衛官。本書に先立って2008年に軍事シミュレーション小説「日本海クライシス2012」をネットで発表。その後、本書の原型となった「黎明の笛 KDP版」を個人出版。それが出版社の…

数多久遠「深淵の覇者」

大好きな海戦&潜水艦モノ。 舞台は、尖閣諸島付近や沖縄トラフなど東シナ海。著者は航空自衛隊の元幹部自衛官。帯に「これはただのフィクションではない。警告の書だ!」とあるが、「尖閣諸島をめぐる日中の紛争」という点では、設定にリアリティが足りず、…

伊藤桂一「静かなノモンハン」

「ノモンハンの夏」とは対照的に、兵士の一人一人に寄り添うように書かれたノモンハンである。著者自身が中国北部で4年9ヶ月の軍務に就いている。小説家で詩人。本書で1984年、芸術選奨文部大臣賞、吉川英治文学賞を受賞している。もう新刊では買えず、ama…

アンディ・ウィアー「火星の人」

面白いとは聞いていたけれど、600ページ近いボリュームと火星有人探査という平凡なテーマのせいで敬遠していた。2016年2月公開のリドリー・スコット監督「オデッセイ」の原作、ようやく購入。2日強でいっき読み。いや文句なしに面白かった。 古くて新しい…

村上春樹「職業としての小説家」

これはメイキング・オブ・ハルキワールドである。 あまりチャーミングとは言えない素っ気ないタイトル。思うところあって、即、購入。村上春樹は、デビュー以来、ずっと継続して読んできた。しかし、90年台半ばまでは、かなり批判的に読んできたと思う。その…

ウィリアム・ホープ・ホジスン「幽霊海賊」

翻訳を待ち望んで、30年以上。 個人的に30年以上翻訳を待ち望んでいた作品。百年以上前の古い作品だし、人に勧めるような本ではないが、とても嬉しかったので、感想を書くことにする。ホジスンの名を知る人は少ないと思う。1963年、東宝で「マタンゴ」という…

村上龍「オールド・テロリスト」

著者の作品を読むのは、2005年の「半島を出よ」以来。80年代、90年代、二人の「ムラカミ」の作品を並行して読んでいた。その頃は、どちらかというとリュウのほうに共感していたと思う。しかし、今世紀に入った頃からは、ハルキばかり読むようになってきた。…