最後のクルマ選び その2

人生最後に乗るクルマは、どんなクルマになるだろう。

子供はいない。当然、孫とかもいない。介護すべき親もこの世にいない。夫婦二人だけの老後。そんな生活にふさわしいクルマってどんなクルマだろう。基本は、毎日が休日で、毎日がプライベート。趣味や自宅で過ごす時間が中心になるだろう。たまに旅行に行くこともあるだろう。密かに田舎暮らしを目論んでいるので、荷物や道具を運ぶ機会は多くなるかもしれない。そんなことをあれこれ考えながら「最後のクルマ」の情報を集め始めた。

f:id:nightlander:20180412114454j:plain

小さなエコカーにしよう。

アルデオの時代は、クルマへの興味を封印していた20年間だったが、広告屋として、自動車業界の動向は一応把握していた。しかし、それはあくまでも、マーケティングブランディングの対象としてのクルマへの興味であり、自分が所有して運転する対象としてのクルマではなかった。今回のクルマ選びも、広告屋的目線で、なんとなく「コンパクトなエコカーがいいかな」ぐらいの気持ちでスタートした。定年後の二人暮らしで、車で遠出することも少なくなった生活に大きなクルマは必要ない。また、老後のための蓄えを減らしたくないので、価格や維持費は安い方がいい。さらに、運転に自信がなくなって来たので、小型車の方が扱いやすいだろう、というぐらいの理由。まず候補にあげたのは、トヨタ・アクアホンダ・フィット、日産・ノートe POWR、マツダ・デミオ、軽自動車のホンダ・N-ONEなど。トヨタのアクアをあげたのは、アルデオで20年近く面倒を見てくれたトヨタのディーラーの印象がよかったので「買うならトヨタで」と思っていたから。ただし、アクアのデザインが好きになれず、他メーカーで「小さなエコカー」を探すと、ホンダ・フィットや、日産・ノート、マツダ・デミオにも目が行く。この中で、デザインが好きなのは、ホンダ・フィットだ。金属の塊から削り出したような、ソリッドで、直線的なデザインが小気味よい。それに比べると、アクアは、薄い板を曲げて成形したような、薄っぺらな感じのデザインに見える。ノートのePOWERは、シリーズハイブリッド方式というユニークなHVに興味を覚えた。シリーズハイブリッドは、エンジンが駆動を受け持たず、発電のみを行い、駆動はモーターのみで行う方式であり、一般のハイブリッド車より、低価格になる。また、回生ブレーキを積極的に利用して、ほとんどアクセルペダルのみで速度がコントロールできるという、ワンペダルドライブが特色だ。難点はデザイン。ガソリンエンジン車がベースであり、エコカーらしい新しさを感じない。ホンダの軽自動車、N-ONEも候補の中に入れておこう。知り合いで、定年を迎え年金生活に入って、普通車から軽に乗り換えた人がいる。N-ONEは、普通車から軽自動車に乗り換えた人たちが選んでおり、軽自動車とは思えない性能と質感を実現しているという。マツダ・デミオは、ディーゼル車の常識を覆した、静かでパワフルなディーゼルエンジンに興味があり、存在感のあるデザインも好ましく感じていた。マツダが、ここ何年か展開している“Be a driver.”のキャンペーンは、広告屋としても、1人のユーザーとしても共感できる。住んでいるマンションでも、最近、マツダ車が増え、そのうち3台はデミオである。デミオは、今回の有力候補と思われた。ちょうど九州に出かける用事があって、現地でレンタカーを借りることになった。フィットを借りたかったが、車両の手配がつかずデミオになった。初めて乗ったデミオの、あまりに硬い乗り心地にびっくり。一般道では、路面の段差や継ぎ目をしっかり拾って、突き上げが半端じゃない。少し速度を上げて走るように心がけると、改善され、高速道路に入るとさらにフラットになるが、硬い乗り心地には最後まで慣れなかった。このクルマは、やはり運転を楽しむスポーティカーなのだと実感した。

運転席でのウラシマ体験。

20年近くも同じクルマに乗り続けていると、最新の自動車事情に疎くなるのは、当然のことだが、ここまでギャップを感じるとは思わなかった。最初に見に行ったのは、ホンダのフィット。ところがフィットの運転席に乗り込んだ家人の反応が芳しくない。「なんか見にくい」という。家人に代わって、運転席に座ってみて、驚いた。運転席から見える世界が全然違っているのだ。ボンネットは全く見えず、その向こうの路面は、はるか彼方に見える。リアウィンドウも小さく遠く、これでバックするのは至難の技だと思えた。ボディ全体が四角くて、窓が広く、着座位置が高いアルデオから乗り換えると、フィットの視界は、恐怖を覚えるほど狭い。燃費向上のために空力特性を極限まで追求したフィットは、フロントウィンドウの傾斜がきつく、ボンネットは全く見えないのはもちろん、その先に見える路面もはるか遠い。車両感覚というのか、自分が運転しているクルマの四隅が把握しづらいのだ。そして、フィットだけでなく、候補にあげた他のクルマも、視界の狭さという点では同様だった。アクアも、ノートも、デミオも同じだった。最新のクルマたちは、空力特性を極限まで追求した結果、ドライバーの視界を犠牲にしてるように思えた。ディーラーのスタッフに、そのことを聞くと、「最初は戸惑うお客様も多かったのですが、皆さんすぐに慣れます」という。そういうものかもしれないが、運転席からの視界や車両感覚というのは、いわばヒト・クルマ・外部のインターフェイスの基本ともいえる要素だ。そのインターフェイスが、進化した最新のクルマで後退しているという事実には、かなりショックを受けた。この時の体験が、家人の印象を悪くしたのか、結局、彼女は、フィットを気に入らなかった。さらに他のコンパクトカーも嫌だと言い出す始末。もっと他のクルマも見てみよう、という話になった。「コンパクトなエコカー」に絞り込んでいたクルマ選びは、振り出しに戻ってしまった。

SUV輸入車

コンパクトカーの印象が悪かった時、家人の印象が良かったのが、そばに展示してあったSUV。以前にパジェロに乗っていたこともあるが、視界の良さという点では、視点が高く、視界の広いSUVに好印象を持ったようだ。さらに「人生最後のクルマになるかもしれない」という僕の言葉にも影響を受けたのか、「BMWとかはどうなの?」と仰天の発言が飛び出してきた。輸入車は、考えもしなかったので驚いた。あまりに選択肢が広がって、収拾がつかなくなってきた。

プリウスの人相。

現在のアルデオを購入したディーラーには、20年近くお世話になったこともあり、次のクルマは、トヨタで購入しようと思っていた。次はエコカーをと考えていたこともあり、最初はアクア、次にプリウスも候補にあげていた。しかし結局は、プリウスも、他のトヨタ車も選ばなかった。その理由の一つがプリウスのデザインである。トヨタの新しいプラットフォームであるTNGAによるパッケージングはよさげに見える。デザインも未来っぽく、空力特性を重視した全体のプロポーションは、昔のSF映画に出てくる「未来の自動車」みたいだ。問題はディテール。特にフロントまわり。余計な線が多すぎるのだ。プリウスに限らず最近のクルマは「人相」が悪くなったと感じる。LEDライトで小さな電球が使えるようになったせいか、切れ長目、つり目が増え、エヴァ風の人相が多くなった。プリウスには、能面の小面のような不気味さを感じてしまう。一般に、自動車における新しいデザインが出てきた時、最初は違和感が生じ、醜いとさえ感じるものだが、見慣れるにつれて、好ましいと思えてくることが少なくない。ところがプリウスの場合は、いつまで経っても最初の違和感が消えないのだ。このデザインをトヨタの社長が良くないと発言したそうだが、さもありなんである。後から出てきたプリウスPHVでは、フロントまわりの処理が変更され、かなり改善されたと思う。このPHVプリウスのデザインを普通のプリウスにも採用していたら、僕はプリウスを選んでいたかもしれない。自分はデザインにこだわるほうではないと思っていたが、プリウスのデザインはどうしても許せない。いろいろなクルマを見ていくうちに、別にEVやハイブリッド車でなくてもいい、と思うようになっていったこともトヨタ車を選ばなかった理由の一つ。

草食系道具車。

実は、以前から気になっているクルマがあった。数年前に、確か高速道路のサービスエリアで見かけた、ルノー・カングー。くすんだ淡いブルーのそのクルマは、荷室に3台のロードバイクをきれいに並べて積んでいた。確か前輪を外してあったと思うが、「どうやって自転車を固定しているんだろう」と興味を持って室内を覗き込んだ。DIYで作ったらしい固定具や、道具箱、パーツ棚などが、きちんと配置されているのを見て、「いい趣味だなあ。このクルマは、趣味のために生まれたクルマなんだ」と羨ましくなった。走りに徹した高性能車やヘビーデューティーなSUVとは正反対の草食系道具車。元々自分は、DIYやアウトドアが好きだったということもあり、これを機会にDIYやアウトドア生活を復活させる手もあるかもと思った。カングーを移動基地にして、アウトドアざんまい、などと夢が膨らむ。ただし、現在のカングーは、サービスエリアで見たカングーではなく、モデルチェンジしたカングーで、かなり大きくなり、デザインも、もっさりして、先代の軽やかさが失われたように感じられる。同じようなコンセプトのクルマは他にないのだろうか。ある。先代のトヨタ・シェンタは、このカングーをスケールダウンしたような草食系道具車だった。少し前に、全く違うコンセプトとデザインでモデルチェンジした。スポーツバッグをイメージしたというデザインは、当初、抵抗があったが、見慣れると悪くないデザインに思えてきた。新しいシェンタは、売れているようで、街でもよく見かける。タクシーとして走っているのを時々見るし、介護サービスなどの送迎などにも使用されているようだ。また、トヨタはタクシー専用車を売り出しているが、そのベースにもなっている。シェンタのカテゴリーはミニバンらしいが、デザインの巧みさのせいか、大きめハッチバック車に見えるのも好ましい。蛍光色と黒のツートンカラーのデザインは派手だが、黒/黒や白/黒のおとなしいカラーリングを選ぶと、カテゴリーの違うクルマに見える。僕一人で決められるなら、カングーか、この新シェンタを選んでいただろう。ルノー・メガーヌとコンパクトSUVルノー・キャプチャーを見に行った時に、そばに展示してあったカングーを家人に紹介した。中年のセールスマンが近づいてきて「フランスではほとんど商用車として使われているが、日本ではなぜか一般の人が買っている」と説明してくれる。家人の反応は「こんな商用車みたいなクルマは嫌」の一言。新シェンタも、蛍光グリーン/黒を見て、「若すぎ、高齢者が乗るクルマではない」と即座に却下。「移動基地になる草食系道具車」の夢は儚く潰えた。

CGのジャイアントテスト 。

SUVから輸入車まで、「なんでもアリ」になってしまって、途方にくれていると、書店で、購読をやめてから20年以上経っている雑誌「CAR GRAPHIC」4月号の特集に恒例の「ジャイアントテスト」を発見し、即、購入。内外の300万円台のクルマの比較テストである。ルノー・メガーヌ/ルテーシア、プジョー・308/208、シトロエンC3、ミニ、VW・ゴルフ、国産車ではホンダ・シビックとスバル・インプレッサが選ばれている。この特集を熟読して、最新のクルマたちの情報を仕入れることにした。しかし、よく考えて見ると、この中にハイブリッド車も電気自動車も入っておらず、ある意味でかなり偏った車種選びであることがわかる。さらに比較テストではないが、300万円台カーの番外編として、BMWの1シリーズ、ルノー・カングー、フィアット500アバルトの試乗記も掲載されている。この特集記事により、候補をいくつか選び、ディーラーに出かけて行くことにした。

 シトロエンを諦める。

最初に行ったのがシトロエンのショウルーム。目当てはC3。ずっとシトロエンに憧れていた。映画「ファントマ」に登場する「空とぶDS」に始まり、全てを油圧で制御するハイドロニューマチックの魔法のような乗り心地やセルフレベリング、1本スポークのステアリングホイールなど、ドイツ車でも、米国車でも、英国車でも、イタリア車でもない、まして、他のフランス車とも大きく異なるユニークな発想と技術とデザインは、自動車に興味を持つようになって以来の憧れだった。80年代の終わりに1度だけXMを買おうと真剣に考えたことがあるが、結局買わずに、三菱のパジェロを選んだ。それから30年近く経ち、もはやハイドロニューマチック・サスペンションを搭載したモデルは消え、グローバル化の波によって、かつてのユニークさは失われている。復活したDSには、宇宙からやってきたような初代DSの斬新さはどこにも無い。ショウルームで見たC3には、かつてのシトロエンのようなユニークさはもう見られない。それでも2017年度のCGアワードを獲得し、CGジャイアントテストでは、Bセグメントながら、乗り心地などでCセグメントのクルマたちを凌いでいる。ちょっとコンパクトSUVっぽいスタイルにPOPで過激なディテールを加えたデザインがユニークで面白い。しかし長年の夢も、家人からは「若い女の子が乗る車みたい」の一言で却下される。

 隣りのプジョー

シトロエンのショウルームと同じ敷地の中にプジョーのショウルームもあり、そちらも覗いてみることにした。展示してあった308SWというモデルに目が釘付けになった。ほとんど黒のような紺のステーションワゴン。余計な線がなく、緩やかな曲線のみで構成された、シンプルなシルエットが美しい。家人も気に入ったようで、乗り込んでみる。ボリューム的には、アルデオとそう変わらない。着座位置も若干高いようで、ボンネットもなんとか見える。エンジンは1.2L 3気筒ターボと1.6Lディーゼル。試乗車は無かったが、裏の駐車場に止めてあったモデルのエンジンをかけてもらう。ディーゼルエンジンの方は、驚くほど静かで、とてもディーゼルとは思えない。ガソリン車の方は、さらに静かで、エンジンが動いているのかどうかがわからないほど。白のクルマを欲しいと思ったことは一度もないが、パールホワイトというのか、艶のある白いボディが、大きな海棲獣のように見えた。ただし、デザインを優先しているせいか、ウエストラインが後ろ上がりで、後部座の閉所感が強く感じられるのが気になった。

駐車場問題。

コンパクトカーが気に入らなかった家人が、最初に「このクルマなら大丈夫そう」と言ったのが、マツダSUVCX-5だ。視点が高く、フロントウィンドウの傾斜もきつくないため、視界が広い。座席ポジションを一番高くするとかろうじてボンネットも見える。アルデオの前に乗っていたパジェロに近かったせいもあるだろう。かなり乗り気になっていたようだ。以前、同じマンションに住む人がCX-5ディーゼル車に乗っていたことがあり、随分褒めていたことがあって印象は悪くない。しかしスペックを見ると、ボデイの幅が1840mmもある。マンションの立体駐車場の制限が1850mm以内なのでギリギリである。駐車パレットにおさめるのが難しそうだ。そこで試乗の時に自宅まで行き、実際に駐車場に入れられるか試してみることになった。駐車スペースが端っこの難しい場所だったこともあり、案の定、駐車パレットにうまく載せられない。タイヤとパレットの枠のわずかな間隙を保ちながらバックしないといけないのだ。うまくいかない理由の一つが、窓を開けて下を見ようとしても、家人の身長ではタイヤが見えないのである。CX-5は、ボディよりウィンドウ部が、内側に後退しているため、窓から首を出してもボデイに遮られてタイヤが見えないのだ。標準で装備されているリアビューカメラもあまり役に立たない。サイドミラーを下に向けて、タイヤの位置を確認するしかない。昼間はなんとか駐車できるにしても、夜に帰ってきて駐車するのは困難に思われた。CX-5がNGとなると、マツダ車の中で欲しいと思うクルマがなくなってしまう。

スバルはどう?

ある日、家人が「スバルはどう?」と言い出した。TVCMを見て気になったらしい。個人的には、スバルは悪くないと思っている。多くの名機を生み出した中島飛行機をルーツに持つ技術集団というイメージ。世界でも数少ない水平対向エンジンを採用し、最近では“i sight”という自動運転システムの評判がいいらしい。村上春樹の小説にも登場する。しかし、スバルの車種構成がよくわからない。「レガシー 」という上級モデルがある。その下に「インプレッサ」があり、「フォレスター」というSUVに特化したモデルもあったなあと言う程度の理解。現在乗っているアルデオがワゴンであることもあり、レガシーの「ツーリングワゴン」というコンセプトはいいなと思っていた。ところがディーラーに行ってみるとレガシーのツーリングワゴンという車種がなく、レガシーアウトバックというSUVっぽいモデルがあるのみ。セールスのスタッフ(女性)は、商談席に僕らを座らせて、いきなりアイサイトなどスバルの自動運転技術の優位性を説明し始めた。こちらの要望も聞かず、自動運転の技術の説明を始めるのは唐突すぎないか?説明の後、レガシーのツーリングワゴンを見たいというと、レガシー・アウトバックのところに案内された。アウトバックは、やたらでかく見えた。スバルのスタッフは、それならとレヴォーグとXVのところへ連れていく。ディーラーの裏の駐車場で見た真っ黒のレヴォーグは、高性能車らしい凄みのあるオーラを放っていた。運転席に乗り込むと、インテリア周りも黒中心の男性的な印象で、着座位置も低め。戦闘的という言葉が浮かんだ。エンジンはなんと300馬力だという。老人には、そんなにたくさんパワーは不要です。サイズはアルデオより幅が10cmほど大きいだけだが、随分と大きく感じられた。次に見たのがXV。SUVらしいが、同じSUVであるフォレスターとの関係はどうなっているのだろう。道具感というのか、普段着感覚のデザインが好ましい。3車を見終わって、アウトバックレヴォーグ、XV、それぞれの位置付けが今ひとつ理解できず、どの車種が自分向きなのか、よくわからないまま、ショウルームを後にした。家人も同様らしく、その後はスバルの名が出てくることはなかった。あとで調べてみると、レヴォーグが、レガシーツーリングワゴンの後継モデルらしく、XVは、インプレッサSUV版ということらしい。レヴォーグ(2.0Lの300馬力版ではなくて1.6L版)とXVを候補に残しておこう。スバルのクルマを見たことで、自分が求めている方向性がステーションワゴンにあるのだとわかってきたことも収穫だった。

徒歩5分のフォルクスワーゲン

フォルクスワーゲンというメーカーに興味を覚えたことは一度もない。ゴルフは、小型車のベンチマークとしての地位を保ち続けている堅実で地味なドイツ車という印象。上のクラスにパサート、下のクラスにポロなどがある。2015年にディーゼル車の排ガス規制における不正が明らかになった時、このメーカーの車に乗ることは一生ないだろうなと思った記憶がある。当然、今回のクルマ選びの候補にも入っていなかった。しかし、歩いて5分の場所に新しいショウルームができてからは、しょっ中前を通るようになり、嫌でも目にするようになっていたことも事実。ある日、ディーラー巡りの帰りに、「ちょっと立ち寄ってみようか」と車を乗り入れた。お目当ては、ゴルフ。CGジャイアントテストでも取り上げられていて、評価は悪くなかった。しかし現在のゴルフ7と呼ばれるモデルが登場してから5年以上経過しており、そろそろ次のモデルの登場が噂されそうな時期でもある。この頃には、頭の中が「ステーションワゴン」になっていたので、迷わずゴルフ・バリアントに目が行く。大きさはプジョー308SW、スバル・レヴォーグとほぼ同じ。アルデオと比べても、幅以外はほぼ同じで違和感が少ない。しかしデザインが地味だ。遠目には「え、カローラ・ワゴン?!」と思うほど大人しく、輸入車のありがたみが全くない。しかし、僕は、この、何の変哲も無い「地味デザイン」に引っかかってしまった。定年をすぎた年金生活者には、このような目立たないデザインのクルマが相応しいのではないか…。

幅1800mm問題。

候補に残ったのはスバルのレヴォーグとXV、プジョー308SWとゴルフ・バリアントの4車。どれにするか?その前に確認したいことがあった。4車とも幅が1700mmを越え、1800mm前後。マンションの立体駐車場のパレットに楽に停められるか?ゴルフ・バリアントの試乗の時に、自宅まで足を伸ばして、実際に駐車してみることにする。ゴルフでできれば、サイズがほぼ似通ったあとのクルマでも可能だろう。下記に各車のサイズを記しておこう。

トヨタ・アルデオ 4640X1695X1515mm  ホイールベース:2700mm

ゴルフ・バリアント 4575X1800X1485mm ホイールベース:2635mm

プジョー・308SW   4585X1805X1485mm  ホイールベース:2730mm

スバル・レヴォーグ 4690×1780×1490mmホイールベース:2650mm

スバル XV             4465×1800×1550mmホイールベース:2670mm

果たして試乗の結果はどうだったか。たった100mmほどの差なのだが、駐車は格段に難しいと感じられた。その理由は、ボディとウィンドウの位置関係にあった。アルデオは、ボディとウインドウがほぼフラットなため、窓から首を大きく突き出さなくても、リアタイヤがよく見える。しかしゴルフはウインドウの位置がボディから後退しているため、目一杯首を突き出さないと、リアタイヤが見えないのだ。最近のクルマは、デザインや安全設計のために、ボデイよりウインドウの位置を後退させているのだ。前にもマツダCX-5で試してみたが、さらに幅広い1840mmというサイズもあって、運転席からリアタイヤがほぼ見えなかった。ゴルフは、CX-5よりは幅が小さいこともあって、夫婦ともなんとか駐車することができた。この試乗により、幅1800mmでもOKという結論を出した。

結論。

僕の中では4車が残っていたが、家人の中では、プジョーとゴルフしか残っていなかったようで、スバルの試乗はもうしなくてよいということになった。再度ディーラーを訪れ、見積もりを出してもらったが、2車はほぼ同じ金額。デザインの良さでは二人ともだんぜんプジョーだった。しかし僕はプジョーの後部座席の閉所感と3気筒エンジンの少し雑味のある音が気になっていた。さらにディーラーの遠さ。VWは、徒歩5分の場所だが、プジョーは、クルマで30分ほどかかる場所にあった。アルデオを買ったトヨタのディーラーも徒歩10分の距離にあって、点検や修理など、とても便利だったのだ。色の問題もあった。プジョーならディーラーで見た黒に近い紺にしようと決めていた。ゴルフの方は、スタイルが地味なので、白とかだと、カローラ・ワゴンみたいに見えてしまうので、明るい目立つ色にしようとターメリックイエローと呼ばれるメタリックイエローを選んだ。しかし、この色は、日本ではあまり人気が無く、ほとんど入ってきておらず、ディーラーにも在庫がないという。国内の他のVWの販売会社に問い合わせてみて、在庫があれば交渉して譲ってもらうことになるという。他の色は考えていなかったので、イエローのモデルがなければ諦めることにして、VWのディーラーを出た。翌日、電話で「黄色が見つかりました」という連絡が入った。これで決定。年明けから3ヶ月近くかかった「最後のクルマ選び」がようやく終わった。

 

 

 

 

松本 創「軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い」

2005年4月25日、JR福知山線宝塚駅9時4分発同志社前行き快速。

3年間の東京勤務を終え、予定通り4月から関西に戻っていれば、僕は、この電車に乗っていた。大阪で働いていた頃は、毎日、この電車に乗って通勤していた。宝塚が始発なので、必ず座ることができた。当時は煙草を吸っていて、ホームの大阪寄りの一番端に喫煙コーナーがあったため、乗車前に1本吸ってから、1両目か2両目に乗り込んでいた。ところが、担当していた仕事が長引き、大阪に戻るのを1ヶ月伸ばすことになった。東京のオフィスで事故のニュースをネットで見た瞬間、背中が冷たくなったことを覚えている。上空から見た、マンションの壁に巻き付くようにひしゃげた2両目の車両の姿は忘れられない。最初は、これが1両目だと誤認され、車両の数を数えて初めて1両足りないことがわかり立体駐車場に飛び込んで大破した1両目が発見されたという。

107名が死亡、562名が負傷した「福知山線脱線事故」。国土交通省航空・鉄道事故調査委員会の事故調査報告書によると、事故の直接の原因は、運転士のブレーキ使用が遅れたため、半径304mのカーブに制限速度の70km/hを大幅に越える約116km/hで侵入し、脱線に至ったとされた。また運転士のブレーキ使用が遅れた理由について、ミスに対して厳しい懲罰処分や日勤教育を行う、JR西日本の運転士管理方法が関与した可能性があるとされた。

事故で妻と妹を奪われ、娘が重傷を負わされた遺族の一人が、都市計画コンサルタントの淺野弥三一氏だった。彼は、この調査報告に納得できなかった。運転士のブレーキ使用が遅れたことも、その原因になったとされる懲罰処分や日勤教育も、ATSの未設置も「結果」でしかなく、本当の原因は、分割・民営化以降の18年の経営によって形作られた組織的欠陥だ。そう確信した淺野は、遺族の責務として、事故の原因追求と安全のための改革をJR西日本に求めてゆくことを決意する。「4・25ネットワーク」という遺族の集まりの世話人となり、JR西日本と対峙していく。彼は、本業の都市計画や震災復興の仕事で培った交渉力を武器に、JR西日本に辛抱強く働きかけていく。本書は、十数年にわたるその闘いを辿った力作である。

表面上は謝罪を口にしながら、その実態は傲慢で組織防衛に走るJR西日本。事故の責任はあくまで運転士にあり、組織や運行システム、安全対策には問題がなかったと頑なに主張を繰り返して、取りつく島がなかった。当初は一枚岩に見えたJR西日本にも、繰り返し接しているうちに、淺野の言葉に耳を傾け、自分の言葉で対話しようとしている人間もいることに気づく。その一人が、子会社から呼び戻され、JR西日本で初めて技術屋出身の社長になった山崎正男である。浅野と山崎は、遺族と加害者企業のトップという関係でありながら、同世代の技術者として通じ合うことができた。二人の奮闘が、巨大な組織を動かしてゆく。著者は、この二人の動きを軸に、国鉄の分割民営化から始まるJR西日本の歴史、それを牽引した「天皇井手正敬の独裁に遡り、さらに巨大組織の企業風土が劇的に変わってゆく過程をじっくりと描いてゆく。著者の視点は、終始淺野に寄り添うが、感情的にならず、JR西日本の人々を描くときも偏りがない。読み終えて、静かな感動に包まれる。

2017年の重大なインシデント。

安全改革が確実に進みつつあると、著者が筆を置きかけた2017年暮れ、重大事故に繋がりかねない異常が発生する。東海道新幹線 博多発東京行き「のぞみ34号」の台車部分に亀裂が見つかり運転を取りやめたトラブルである。亀裂は台車枠に長さ14cmにわたって発生し、破断寸前だった。台車枠が破損すれば、車軸を固定できず、高速走行中に脱線していた恐れもある。さらに問題となったのは、車掌や指令員、保守担当など複数の社員が異常に気づいていながら運行を続け、博多駅出発直後に車掌の一人が異音を聞いてから、3時間20分も走り続けたことだ。曖昧な報告、思い込み、聞き漏らし、言葉の行違い、確認ミス、判断の相互依存、いい加減な引き継ぎ…。まさにヒューマンエラーの連続によって、重大インシデントは発生したのだ。

2月になって、亀裂の発端とみられる事実が発覚する。台車を製造した川崎重工が台車枠に使用する鋼材を加工する際、設計基準の7mmより薄く削ったために強度が不足していたのだという。設計基準が現場の作業チームで共有されず、基準を超えて削っていたのだという。同様の欠陥は、川崎重工からJR西日本が購入した100台で見つかり、JR東海保有車両でも46台にも見つかった。川崎重工の幹部は、会見で「班長の思い違いで間違った指示を出していた。加工不良という認識がなく、情報は上に伝わっていなかった。」「現場の判断任せで、基本的な教育が欠如していた。」と現場のミスを強調するように語った。著者は、問題はそれだけでなく、同社全体の品質管理体制、JR西日本のチェック体制、引いては日本が誇ってきた「モノづくり」全体に欠陥が潜んでいることを物語っているという。日本の製造業では近年、不正が次々と発覚している。三菱自動車の軽自動車燃費試験データ偽装、日産自動車SUBARUの無資格従業員による出荷検査、神戸製鋼所のアルミ・銅製品の検査データ改ざん…。不正な行為だという認識がないまま、数十年にわたって常態化してきたケースも少なくないという。「現場力」の低下を指摘する声がある。現場を知らないために見過ごしてしまう経営陣。この現場と経営陣の分断は、80年代後半のバブル景気前後に原点があるという。利益と経営効率ばかり追求し、バブル崩壊後は、人員やコストの削減に走るあまり、日本企業全体で安全や品質という「倫理」が軽視され、おろそかになった。その結果が今、噴出しているのだと。

本書を読んで感じたこと。

事故や事件についてのノンフィクションは、できるだけ読むことにしている。どんな事故も事件も、時代の潮流とつながって発生すると信じているから。そこには、自分が、これから向かうべき方向のヒントがある。もしくは、向かってはいけない方向を警告してくれるヒントがあると思っている。本書を読んで思うのは、あの事故につながる潮流が、戦後間もない時代にあったのではないかということ。国鉄の歴史は、人員整理などで合理化を進めたい国や経営陣と反対する労働組合の闘争の歴史であった。国鉄は、最大50万人もの組合員を擁する「国労」や運転士の組合である「動労」を中心に、日本最大の労働運動の拠点となっていた。様々な労働運動によって、国鉄は赤字に転落、現場は荒廃していた。国鉄の解体と分割・民営化は、こうした状況に危機感を覚えた若手官僚による「革命」だった。その中心にいたのが井手・松田・葛西の三人組だった。誕生したJRの本州3社の中で、最も経営基盤の弱いJR西日本に赴任した井手は、自ら「野戦」というほど、現場に立ってトップダウンで民営化を牽引した。時速120km運転に対応した新型車両の開発と大量導入、在来路線を再編成するアーバンネットワーク京都駅ビルの大規模改革、旅行業や商業施設への多角化…。業績は右肩上がりで伸びて行った。こうした利益追求・成長路線を突き進む中で、安全への意識が失われていった、と著者は推測する。私鉄王国と言われる関西で、ライバルに勝つために、さらなるスピードアップやダイヤの過密化を推進。そのしわ寄せは、現場の運転士たちの負担となっていった。事故やトラブルが起きると、井手は怒って「その社員をクビにしろ」と怒鳴ったという。ミスが起きるのは現場の人間がたるんでいるからだ。プロ意識が足りないからだという精神主義だった。そこには「人間はミスをする」というヒューマンエラーの考え方は見られなかった。厳しい懲罰主義や日勤教育も、今ならブラック企業と呼ばれるだろう。こうした歪みは組織の一番弱いところを壊してゆく。それがあの朝の運転士だったのではないか?

戦後の労働闘争に始まり、分割・民営化による市場主義の導入。グローバル競争の激化による利益追求と効率化、その結果としての企業モラルの低下による事故や不正…。このような連鎖は、国鉄から民営化されたJRという特殊なケースだけはなく、フクシマの原発事故、さらには多くの日本企業にも当てはまるような気がする。そのルーツは昭和の労働運動時代に遡る。本書にも紹介されている、国鉄の解体と分割民・営化を描いたノンフィクション、牧久著「昭和解体 国鉄分割民営化30年目の真実」西岡研介著「マングローブ テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実」を読んで見ようと思う。

最後のクルマ選び その1

ほぼ20年ぶりにクルマを買い換えることにした。

いま乗っているクルマは(後述)もうすぐ20年になる。できれば、あと数年は乗り続けて、そのあとは自動運転のEVを、所有するのではなく、カーシェアサービスなどで、利用することになるんだろうな、と漠然と思っていた。ところが、昨年の夏頃からクルマの調子が思わしくなくなってきた。足回りがへたってきたのか、路面の段差や、継ぎ目を通過するショックと音が明らかに大きくなってきたようなのだ。ディーラーで点検してもらうと、サスペンションのパーツ交換が必要で、修理に数万円かかるとのことだった。「まあ近所に買い物に行くぐらいなら大丈夫です。ただ、段差にはくれぐれも注意してください」と言われた。しかし、どうしても遠出しないといけない用事があり、心配なのでパーツを交換してもらうことにした。症状は少し改善したものの、以前の状態には程遠く、足回りそのものがへたってきているようだった。同じ頃、カーナビのディスクを読み込まなくなったり、カーオーディオの電源が入らなくなったり、シートベルトの警告ランプが点灯したままになったり、と小さなトラブルが続くようになった。家人からは「来年5月の車検前に買い換え」という言葉が出てきた。

クルマのウラシマ状態。

しかし、20年も同じクルマに乗り続けていると、近年、急速に進歩を遂げているクルマ事情に取り残され、どんなクルマを買えばいいのか、皆目見当がつかなくなっていた。しかし、当初はたかをくくっていた。もう、この年齢になって、クルマへのこだわりもなくなっているのだから、まあ何でもいい。適当に選べばいいのだ、と。しかし、コトはそう簡単には行かなかった。定年を過ぎ、もうすぐ始まる年金生活。子供もいない、介護すべき親もこの世にいない、夫婦二人だけの生活。そんな暮らしにふさわしいクルマって何だろう。そして、これが僕の人生最後のクルマになるかもしれない。そう考えると、とても悩ましい問題になっていった。

最後のクルマ。

問題を難しくしている要因の一つが「今回、購入するクルマが、たぶん自分で運転する最後のクルマになる。」ということ。そう考える理由が、1昨年に90歳で亡くなった父の晩年のことだ。父は70歳を越えても自分で運転して、どこへでも出かけていたが、70代の半ばになって、運転が怪しくなってきた。車体に細かい傷ができるようになり、横に乗って観察していても、運転が雑になったと感じられた。几帳面であった父は、助手席に乗ると、シートのポジションやハンドルを持つ手の位置、さらにブレーキを踏むタイミングや交差点での停止位置までうるさく指示する人だったので、この変化は、とても気になった。ある日、通い慣れた、姉の家への15分ほどのルートで道に迷い、1時間近くかかってようやくたどり着くという出来事があった。当時から高齢者による事故や逆走などが問題になっていた。このまま放っておくと危険だと思い、姉と相談して、クルマを取り上げることにした。ちょうど父が風邪をこじらせて肺炎になって入院した時に、クルマを廃車にしてしまった。それを知った父の怒りは激しく、しばらくは母に当たり散らしていたという。この時、自分の意に反してクルマを取り上げられたことは、父のトラウマになったらしく、後に認知症が始まった時に「誰かにクルマを盗まれた」という妄想になって繰り返し現れてきた。父の運転が怪しくなったのが70代半ば以降であり、僕自身にも同じことが起きるとすれば、自分で運転できるのは、あと10年と少しだろう。

運転が下手になった。

上の話と関連するが、ここ数年で運転が随分下手になったという自覚がある。特に駐車する際にそれを強く感じる。いわゆる車庫入れが一発で決まらなくなった。1度は切り返さないと駐車スペースに収まらない。また駐車出来ても、降りてみるとクルマが斜めになっていたり、駐車スペースの片側に寄っていたりする。このぶんで行くと、あと数年で、晩年の父のように、車体に小さなキズをいっぱいつけることになるかもしれない。老化によって、男性ホルモンの一種であるテストテトロンが減少するという。このテストテトロンは、男性的な身体特徴を形づくり、攻撃性を高めるほか、空間の把握や、距離や速度の把握能力を高める効果があるという。老化によって、運転が下手になるのは、テストテトロンの減少によるもだという説がある。女性の場合は、老化によって、女性ホルモンの分泌が減ると、相対的にテストテトロンの比率が高まり、クルマの運転が上手くなったりすることがあるらしい。運転が下手になって、危険な状態になる前に、運転免許を返上しようと思っている。その頃には、カーシェアや自動運転など、新しいサービスや技術が実用化されていることだろう。自分でクルマを所有したり、運転しなくてもモビリティを確保できる時代が来ることに期待しよう。というわけで、「人生最後になるかもしれないクルマ選び」の始まりだ。

20年乗ってきたクルマ。

新しいクルマ選びについて語る前に、20年近く乗ってきたクルマについて記しておこう。トヨタのビスタ・アルデオというモデルである。名前を聞いて、クルマの形が思い浮かぶ人は少ないのではないか。不人気の名車と呼ぶ人もいる。カムリから派生したビスタは、1998年、カムリとはまったく違う系統のクルマとなってデビューする。5ナンバーの枠の中で最大限の居住空間を追求したセダンというのが売り物だった。実際、車高が高く、キャビンが広く、座席は、クラウン並みに広かった。コラムシフトの4速ATというのも珍しかった。このビスタの、ステーションワゴンがアルデオである。とても地味なクルマで、あまり人気がなかった。そのせいか、よく人に「このクルマ、何ていう名前ですか?」とよく聞かれた。その前は10年ほどパジェロに乗っていたから、「自動車好きの人が、なんでこんな地味なクルマを選んだんですか?」とよく聞かれたものだ。

f:id:nightlander:20180408152044j:plain

f:id:nightlander:20180408152105j:plain

空気のようなクルマだった。

アルデオを選んだ理由は、当時の自動車を取り巻く社会の状況の変化と、僕自身のクルマに対する気持ちの変化にあった。当時、初代プリウスがデビューし、クルマは急激にエコに向かっていた。さらにトヨタメルセデス燃料電池車の開発を進めており、化石燃料を使う自動車は、早晩消え去る運命にあると思っていた。そんな時代に高性能なスポーツカー、馬鹿でかいRVなどは無用の長物と思われた。「もうクルマに趣味性を求めるのは止めよう」という思いから、スポーツカーやRVとは正反対の地味なファミリーカーを選んだのだ。運転しても全然面白みはなかったが、同乗者には、広くて快適なキャビンが好評だった。CMはアルデオ星人というへんなキャラクターが登場する、商品の特性をまったく伝えない内容であり、不人気の原因のひとつがCMのせいではないかと思っている。後に女優の鶴田真由を起用して「キャビン・ファースト」という、まともなコンセプトの広告を展開するようになった。その当時、僕自身も、自動車に対する興味を急激に失いつつあった。そのきっかけは、1995年の阪神大震災だと思う。十代の頃から30年以上愛読していたCAR GRAPHICの購読をやめ、創刊号から買い続けてきたNAVIも買わなくなっていた。クルマでドライブに出かけることも極端に少なくなっていった。僕は「自動車好き」を卒業したのだ。今から考えると、あの頃は、クルマ、バイク、オーディオといったメカニズム信仰が終焉を迎えつつあったのだと思う。オーディオの仕事がしたくて、広告の世界に入った自分だったが、市場は縮小する一方で、オーディオの仕事はほとんどなくなっていた。ちょうど同じ頃、「若者のクルマ離れ」が話題に上るようになっていた。アルデオは、そんな時代と僕の変化の象徴だった。この日記に載せようと、アルデオが写ってる写真を探してみたが、驚いたことに、20年近い期間の写真ライブラリーの中に皆無だった。旅行やドライブなど、あちこちに、このクルマで出かけたはずだが、まったく写っていない。まるで空気のように、20年近くの年月を一緒に走り続けてきたアルデオが、昨年あたりからくたびれてきたのは冒頭に書いた通りだ。購入した最初の年にミッションを交換した以外は、故障らしい故障もなく、エンジンは今でも快調そのものだが、足回りがへたってきたのである。同乗者には好評だった快適な乗り心地が失われると、このクルマの魅力が半減するように感じられた。「あわよくば、自動運転&ライドシェアの時代まで、あと数年は乗りたい」と思っていたが、結局叶わなかった。

クルマの進歩に取り残された浦島太郎のクルマ選び。

空気のようなクルマに20年近く乗り続けたあと、クルマの進歩から取り残されてしまっていた僕は、昨年の秋頃から、最新のクルマ事情を知るべく情報収集を開始した。仕事の上では、EVや自動運転のテクノロジーに関する企画に関わっていたので、10年〜20年先のクルマに関する知識はかなりリサーチしていた。しかし、今、自分が買えるクルマに関しての情報や知識は皆無だった。

 

山折哲雄・上野千鶴子「おひとりさまvsひとりの哲学」

面白すぎて、いっきに読了。痛快対談。

意外な組み合わせに興味をひかれて購入。上野は「おひとりさまの老後」「男おひとりさま道」「おひとりさまの最期」など、独居老人のリアルな老後を考察した「おひとりさま」シリーズを著した社会学者。彼女は、西洋的な合理主義で無神論を貫き、「死後の世界など要らない」と過激である。いっぽう山折は「ひとりの哲学」「ひとり達人のススメ」などの著書がある高名な仏教哲学者で、死についての著書も多い。

冒頭から戦闘モードの上野がくりだす言葉のパンチに山折は翻弄されっぱなし。真正のおひとりさまである上野は、妻子もある山折を「ニセおひとりさま」と決めつけ、先制の一撃を放つ。その後も、上野の執拗な攻撃に、山折は防戦のいっぽうである。どちらかというと「ひとり」の思想的な面のみを考察している山折は、老後をどう生きるかという実践を追求する上野のリアルなつっこみに反論することができない。

野垂れ死に願望は思考停止

日本の思想の中に、「単独者」の系譜が連綿とあり、世間から背を向ける世捨て人、流れ者、放浪者など、西行に始まり、鴨長明松尾芭蕉へと続く流れがある。上野は、彼らが、放浪といいながら、日本中いく先々に受け皿があり、弟子たちが待ち構えていて、歓待してくれる。それで何が世捨て人だ、放浪者だ、と疑問をぶつける。近年では、種田山頭火や尾崎放哉がいるが、上野は、彼らの作品をいちおう評価するものの、山頭火は「赤提灯のおじさん好みのセンチメンタリズム」、放哉も、「生き方は、知人に無心の手紙をいっぱい書くなど、甘ったれている」と批判する。また鴨長明の「方丈記」やソローの「森の生活」にあこがれる男性が多く、ひとりで世捨て人のように人里離れたところで世間に背を向けて暮らしたいという。彼らに「最期はどうするのか?」と聞くと「野垂れ死にしたい」という。上野はそれを「野垂れ死にの思想」と呼び、思想だけで実践した人を見たことがないという。男たちの「野垂れ死に願望」を、彼女は「自分の老いと死に対する思考停止」と切り捨てる。沖縄のある島に、高齢の男たちがひとりで移り住み、誰ともつきあわず、現地の医療や介護を受けながら、死んでいくという。ひとりで死ぬのなら、人の手を煩わせずに死ねばいいのに。せめて不動産を購入するなど、現地の経済に貢献しろよ、と上野はいう。彼女がバッサリ切り捨てる男たちの「甘ったれたロマンチズム」や「野垂れ死に願望」は、そのまま読者である僕自身のものだ。放浪の生涯を送った西行山頭火は大好きだし(円空も)、ソローの「森の生活」にも強い憧れがあり、できもしない自然の中の簡素な小屋ぐらしを夢想している。しかし、男たちの身勝手な夢想を容赦なく切り捨てる上野のラディカルさには、反発を覚えるよりも、一種の痛快さを感じてしまう。

なぜ男たちは最期の最期に宗教に救いを求めるのか?

若い頃は、人間は死んだら遺体というゴミになると考えていた山折も、最近は、死んだら土に還るのだ、と思うようになったという。いっぽう上野は、高名な近代合理主義の知性である加藤周一中井久夫、さらに彼女が師と仰ぐ吉田民人が、晩年になってカトリックに入信したり、仏教に傾倒していったことにショックを受けたという。死後の世界など要らないときっぱりと割り切る上野にとって、男たちの、このような「転向」は裏切りのように感じられるのだという。対談は、このように上野のいらだちや攻撃がリードする形で最後まで行ってしまう。結局、ふたりの対話は噛み合うことなく、すれちがいで終わってしまう。それでも本書が面白いのは、ひとりで生き、ひとりで死んでゆく覚悟を決めた上野の潔さと、彼女の言葉に反論もせず、ゆったりと戸惑う山折の人柄が、すれ違いながらも、豊かに響き合っているせいだろうか。

有栖川有栖「幻坂」

ちょっと寄り道読書。昨年3月に散策した天王寺七坂を題材にした短編集ということで購入。著者の作品を読むのは初めて。「大阪ほんま本大賞」というのがあるそうで、『大阪の本屋と問屋が選んだ、ほんまに読んでほしい本』ということらしい。本書は、2017年度第5回受賞作である。

f:id:nightlander:20170318143422j:plain

大阪は平坦な土地だとずっと思っていたが、実は、住之江のあたりから北にむかって、高さ20mほど、幅2kmほどの上町台地が伸びている。古代以前、この上町台地は大阪湾に突き出た岬で、あとは海だったという。その後、淀川や大和川による堆積によって、大小の洲や島が生まれ、大阪という土地ができあがっていった。聖徳太子が建立したという四天王寺は、この上町台地の西の端の崖の上にあり、その先は海だったという。四天王寺の西側の谷町筋から松屋町筋に向かって崖を下るのが天王寺七坂である。この一帯は、驚くほどお寺が密集しており、大阪でもっとも古いたたずまいが残っているエリアである。中沢新一の「大阪アースダイバー」によって、上町台地と大阪の成り立ちを知り、新之助の「大阪高低差地形散歩」によって天王寺七坂の存在を知り、昨年春に友人を誘って七坂を歩いてみた。北から「真言坂」「源聖寺坂」「口縄坂」「愛染坂」「清水坂」「天神坂」「逢坂」。ミナミの喧騒のすぐ近くに、こんなに静かで風情ある場所があるのかと驚かされる。

7つの坂をめぐる9つの怪談。

作品は、すべて怪談といってもいいと思う。著者は、それぞれの坂の歴史や伝説をかららめながら、現代の怪談・奇譚として語ってゆく。あまりこわくはない。喪失や死別のせつなさや哀しみを淡々と語っていく。「口縄坂」は坂に棲息する美しい白猫の話で、そういえば散策の途中、やけに猫が多い坂があったことを思い出した。あれは口縄坂だったか…。最後の2編は、現代ではなく、松尾芭蕉の最期と、歌人藤原家隆が出家して庵を結んで往生した話を題材にしている。本書を読んで、また、あのあたりを散策したくなった。

 

桃田健史「EV新時代にトヨタは生き残れるのか」

自動車産業の動きが激しい。
少し前から自動車関連の仕事に関わる機会があって、自動車産業のトレンドを継続的にウォッチしている。しかし、ここ1〜2年の自動車産業の動きは、激しすぎて、その全貌が見えない。特に本書に書かれているような「EVブーム」は、2016年の後半あたりから唐突に始まったような気がする。いったい何が起きているのだろう。その答を知りたくて、本書を購入。著者自身が、世界中の自動車産業を訪ね歩いた生々しいルポには説得力がある。本書は2017年12月のはじめに購入したが、その後も自動車メーカーによるEVをめぐる動きは激しい。2018年1月のCESでも、様々なニュースが飛び込んできた。自動車の未来をめぐる動きから目が離せない。同様のテーマで、井上久男「自動車会社が消える日」も読了。

2017年、突然のEVシフト。
2015年頃では、環境対応車といえばHV(ハイブリッド車)が主流で、PHV(プラグインハイブリッド車)という中継ぎを経て、将来的には、水素を燃料とするFCV(燃料電池車)になっていく、みたいなイメージを漠然と持っていた。EV(電気自動車)は、電池の制約によって、走行距離が短く、都市部におけるコミューター的役割が主体になるだろうと言われていたと思う。それが、2016年後半から、いきなり「EVブーム」といわれても納得できないのである。

現在は第5次EVブーム!
本書によると現在のEVブームは第5次EVブームだという。そうなんだ。昔からEVはあったんだ。ちなみに「第1次」は1900年代の自動車の黎明期で、自動車全体の約40%が電気自動車だったという。蒸気自動車が40%で、ガソリン車が20%だったという。その後、ヘンリー・フォードがガソリン自動車を大量生産して、劇的に価格が下がり、電気自動車も蒸気自動車も瞬く間に駆逐されてしまったという。第2次は、1970年代石油ショック、マスキー法時代。第3次は、1990年代、米国カリフォルニア州のZEV法の施行による。第4次は、2009年、オバマ政権が掲げたグリーン・ニューディール政策による。この時、テスラのモデルS、日産リーフなどが誕生。中国も全土で国家プロジェクト「十城千両」を推進した。しかしEVバブルがはじけ、EVブームはあえなく終わりをつげる。では第5次EVブームはなぜ起きたのか?

きっかけはVWディーゼル不正だった。
著者によると、このような唐突な「EVブーム」には必ず仕掛け人が存在するという。それがジャーマン3と呼ばれるドイツの自動車メーカーである。きっかけは2015年VWディーゼル不正だったという。排ガス検査で有利になる不正なソフトウエアを搭載したディーゼルエンジン搭載車を世界で1000万台以上販売していたという大スキャンダルである。この事件によりVWのブランドイメージは地に落ち、不正に関わった経営陣は辞任。欧州におけるエコカーの主力であったディーゼルエンジン車も信頼を失った。窮地に立たされたVWは戦略を大きく転換する。2016年6月に発表された新中期経営計画「TOGETHER Strategy 2025」では、2025年までに30車種ものEVを販売すると発表。この数字は2017年8月には50車種に拡大され、業界関係者を驚かせたという。VWに続き、ダイムラーBMWも「EV化」に舵を切った。著者は、ジャーマン3がEV化に踏み切った理由のひとつが、ハイブリッド車で先行するトヨタやホンダの締め出しだったという。

IAAではEVシフト一色。日系メーカーは沈黙。

2017年9月、フランクフルトで開催されたIAA:国際自動車ショー。話題はEVに集中した。ダイムラーBMWVWグループからなるジャーマン3は、量産型のEVやEVのコンセプトモデルを記者会見の主役に据え、今後5〜8年ほどで一気にEVシフトすると表明。これによって、世界的なEVブームに拍車がかかったという。その中で、EVに最も積極的なのは、VWで、2025年には年に約300万台のEVを発売し、そのうちの半分150万台は中国向けになることを発表。さらに2050年までに50車種以上のEVを世界各地で投入するという。BMWも、2025年までに25車種の新型電動車を投入し、そのうち12車種はEVとなることを発表した。そして真打ちであるダイムラーは、メルセデスのEVブランド「EQ」で量産が決まっている2台をメインステージに据えて、EVシフトをアピールした。1台はメルセデスの上級ブランドAMGの最上級スポーツカー「プロジェクトワン」1.6リッターV6ターボエンジンをミッドシップに置き、前後輪に4基のモーターを装備。合算出力は740キロワット(1000馬力)のハイブリッド車。もう1台は、全長4.3mの小型3ドア車「EQA」。最高出力は200キロワット(272馬力)、航続距離は400キロメートルで、2019年に発売され、明らかに米国テスラの「モデル3」をライバルとしているという。さらに小型車ブランド「スマート」で欧州と北米で販売する全車種を2020年までにEV化すると発表。またライドシェアリングに対応する次世代スマート「スマートビジョンEQ フォーツー」を公開し、EV、自動運転、シェアリングサービスを融合させたビジネスを促進する姿勢を強調した。一方、日系メーカーは、IAAにおいて大きな動きを見せなかったという。

中国とインドも、EVへ。
さらに世界最大の自動車市場である中国も、2019年から施行するNEV法(ニューエネルギービークル法)で、EV時代をリードすべく、動き出した。そこでも、プリウスなどのハイブリッド車は、NEVとは認められないという。(プラグインハイブリッド車はNEVと認められる)また、インド政府も、「2030年までにインドで発売する自動車をすべてEVとする」と発表。

自動車の新潮流、3VとMaaS。
著者によれば、いま自動車産業に起きている潮流は、3つのVとMaaSという概念に集約されるという。EV(エレクトリックヴィークル:電気自動車)、AV(オートメイテッドヴィークル:自動運転車)、CV(コネクテッドヴィークル:ネットにつながった自動車)、そしてライドシェアのようなMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス:サービスとしてのモビリティ)である。ダイムラーは、この潮流をCASE(Connected、Automated、Service、Electric)という戦略で集約した。彼らによれば、3VとMaaSは別々の潮流ではなく、融合、一体化して新しい自動車ビジネスが生まれてくるという。

 アップル、グーグルがEVを諦めた理由。

アップルもグーグルも、一時期、自動車の製造をめざして自動運転の研究・開発を進めていた。しかし、両社とも現在は、ハードとしての自動車の製造を諦め、自動運転のためのソフトウエアやクラウドとの連携などの「システム」に集中する道を選んだ。著者は、両社がEVを諦めた理由を、VWからはじまった世界的なEVシフトの潮流ではなかったかと推測する。

EVブームに遅れをとった日系メーカー。

著者は、トヨタをはじめとする日系のメーカーが、世界的なEVブームに取り残されているという。トヨタは、2017年になって、エコカーの路線を変更。HVから、PHVを経て、将来はFCVに移行していくというロードマップを修正せざるを得なくなったのだ。2016年12月には社長直轄のEV事業戦略室を立ち上げ、2017年9月には、マツダデンソーとEVを共同開発する「EV C.A.スピリット」が設立された。日産も、2017年9月、カルロス・ゴーンCEOがパリにおいて、ルノー三菱自動車が連携して事業を進める「アライアンス2022」を発表。2022年までに新たに12車種のEVを投入するという。ホンダも、長期の事業戦略「2030年ビジョン」の中で、2030年までに世界で販売する四輪車の3分の2を電動車にすると発表。その中心となるのはPHV、FCV、EVだが、ホンダには、太陽光などの再生可能エネルギーを利用して水素を創り出すインフラも含めた「ダブルループ構想」がある。燃料電池車を開発している自動車メーカーで、独自の水素ステーションを開発しているのはホンダだけだという。しかし独自の理念、ビジョンと、自前技術にこだわってきたホンダも、EV時代になると、すべて自前で済ませるわけには行かず、他社との協業に舵を切ったという。日立オートモーティブシステムズとモーター開発で合弁企業を設立。自動運転ではグーグルから分社したウエイモと技術提携を行う。他にも、マツダ三菱自動車、スズキなど、日系自動車メーカーのEVシフトを紹介する。

EV普及のカギを握るのは充電時間の短縮と電池の開発。

著者によると、EV普及の最大の壁は、充電時間の長さだという。日産リーフの場合、通常充電で8時間、急速充電でも80%を充電するのに30分を要する。しかも急速充電ステーションの数が少ないため、自分の前に3台が待っていると、1時間半も待つことを覚悟しなければならない。この充電時間をいかに短くするかがEV普及の鍵となる。ポルシェは、2015年9月のフランクフルトショウで、EVのコンセプトモデル「ミッションE」を発表した。このモデルは満充電で500kmが後続距離を実現。さらにポルシェ・ターボ・チャージングと呼ばれる急速充電で満充電の80%まで15分で行う。今後は、このような大出力による急速充電への対応が不可欠になっていくという。

充電方式は、日本の東電や日系自動車メーカーが進めるチャデモ(CHAdeMO)、ドイツとアメリカが進めるCCS、そして中国の国家企画GBで定める独自方式があり、デファクトスタンダードを巡ってしのぎを削っている。ここでも下手をすると日本が推進するチャデモはEVの世界潮流から取り残されてしまう可能性があるという。

高出力の急速充電システムの量産が現実味を帯びてくると、それに対応したリチウムイオン2次電池の開発が不可欠になる。第4次EVブームでは、日産など自動車メーカーを中心にEV用2次電池の開発が加速したが、ブームが予想より早く終わってしまったため、各社は開発や投資計画の見直しを余儀なくされたという。いっぽう中国は、第4次EVブームが終わった後も、リチウムイオン2次電池の製造設備を日本や韓国から買い入れ、オバマ政権のグリーン・ニューディールの失策により倒産した米の電池メーカー数社を買収。さらに日本から技術者を高給で短期間雇い入れることにより、生産技術を高め、量産コストの大幅な低減を実現し、EV技術の世界制覇に向けて力を蓄えていった。そして2017年、ジャーマン3が仕掛けた第5次EVブームが突然やってきた。しかもジャーマン3は、急速にコスト競争力を高めた中国の電池メーカーと密接な関係にある。リチウムイオン2次電池でも日本は、取り残される可能性があると著者は警告する。

国が牽引して、一刻も早く、オールジャパン体制を。

著者は、EVをめぐる内外の動きを紹介しながら、100年に1度の変革期への日本企業の対応の遅れを危惧する。最後の章で、著者は、経産省の強いリーダーシップが必要だと主張する。国が自動車産業の未来を描き、自動車メーカーや自動車部品メーカーの合従連衡を促してまでも、業界全体をグイグイと引っ張っていくべきだという。その一環として日本版ZEV法の導入もありえる。こうした自動車産業の大手術を行うためには、経産省内に、国土交通省警察庁総務省から精鋭を集めた、モビリティ産業局を新設すべきだと著者は主張してきたという。

自動車部品メーカーは、カーディーラーを買収せよ。

EV化が進むと、1台あたりの部品点数が大幅に少なくなる。さらに共通プラットフォーム化で、部品メーカーの数は現在の十分の一にまで減少する可能性があるという。自動車部品メーカーにとっては、これから茨の道が待ち受けているという。そこで著者は、これまで自動車部品メーカーが発想しなかった大胆な事業の転換を提案する。その一例が、赤字のカーディーラーを買収して、モビリティ・サプライヤーに再生するビジネスである。

テスラはEVベンチャーの参考にならない。

第4次EVブームから現在まで、多くのEVベンチャーが立ち上がり、そのほとんどが消えていったという。著者は、EVベンチャーの多くが、テスラを目指していることが気になるという。テスラは、独自の資金調達、政界や自動車メーカーへの強力な働きかけなどで、かろうじて現状を維持しているにすぎず、成功事例と呼べないという。世界市場ではジャーマン3がEVシフトを急ぎ、それを受けて、トヨタを中心とするオールジャパンの体制が立ち上がろうとしている今、EVベンチャーが生き残る道はどんどん狭まっているという。その中でEVベンチャーに残された唯一の道が、オールジャパン体制の中に「EVベンチャー枠」を設けてもらい、その枠の中で、独自のサービス事業を創出することにあるという。

トヨタは生き残れるか?

著者は、ジャーマン3が仕掛けた「EVシフト」は、プリウスを基盤にトヨタが築きあげてきたハイブリッド王国に対する宣戦布告であるという。その戦法は、マーケティング手法により、EV、自動運転、コネクテッド、それぞれの技術をMaaSという、いまだ事業の形態がしっかり確立されていない枠組みの中に取り込み、トヨタや日系メーカーが得意とする技術オリエンテッドとは別の時間軸で、一気に次世代自動車での事実上の標準(デファクトスタンダード)を狙うというものだ。トヨタとしての対抗策は、ただひとつ。真の意味での「オールジャパン」を狙うことだという。

 

NHKスペシャル「激変する世界ビジネス “脱炭素革命”の衝撃」

石油の国で、世界最大の太陽光発電所を建設。

冒頭から、いきなり衝撃が来る。世界でも有数の産油国であるアラブ首長国連邦アブダビで建設が進む世界最大の太陽光発電所。太陽光パネル300万枚を使用し、原発1基に相当するというこの発電所から生まれる電力のコストは、日本の火力発電所の1/5だという。次の場面は、今年11月にドイツのボンで開かれたCOP23の模様。米国の金融大手が揃って「再生可能エネルギービジネス」への投資を拡大している現状を伝える。パリ協定からの脱退を宣言したアメリカからも、有力な政治家や大企業が参加し、「トランプは、ここにはいないが、我々は、この場所に留まる。決して逃げない!」と声を上げる。コカコーラ、マイクロソフト、ウォルマートなど、大手企業が「脱炭素」に舵を切った経緯が語られる。そして中国も、習近平自らが「我々がエコ文明をリードする」と宣言。世界中で起きている脱炭素シフトの潮流を紹介したあと、番組は日本に目を向ける。日本からもリコーなど、環境経営をリードする企業が参加しているが、他国からは非難が集中する。日本政府は、アメリカと共同で世界中に高効率の火力発電所を建設しようとしているからだ。環境ビジネスを推進するコンサルタントも、参加した日本企業の担当者に「日本には、優れた技術も、資金も、人材もあるのに、なぜ19世紀のエネルギーにこだわるのだ。あなたたちのライバルである中国は、すでに未来に向かって方向転換を進めている。」と迫る。

温暖化による異常気象は、大きなリスクになっている。

アメリカの大手スーパー、ウォルマートの担当者は、最近、発生した巨大ハリケーンがウォルマートにも甚大な被害をもたらし、多くの損失が出たことを語る。店舗の屋上に太陽光発電を設置するなど、環境対策に取り組んだ結果、年間1000億円のコストを削減することができて、それはそのまま利益になったと誇らしげに語る。英国の保険会社アビバも、温暖化による異常気象は、保険会社にとって、将来的に大きなリスクになると予測。今後は、化石燃料に関わるビジネスからの投資を引き上げるという。日本の電源開発にも、脱炭素化を再三提案したが、受入れられず、投資の引き上げを行うという。

日本企業技術者の悔し涙。日本が遅れる理由。

COP23に参加した日本企業の会合に呼ばれた投資家の辛辣な言葉を聞いて、日本の建設会社が進める洋上風力発電の技術者が悔し涙を見せる。彼は十年にわたって、洋上風力発電のプロジェクトを進めてきたが、実際に建設されたのは長崎の五島列島の1基のみ。まだ1円の利益を生み出していないという。番組は、日本で再生可能エネルギーへの転換が進まない事情を、全エネルギーの27.7%が再生可能エネルギーというドイツと比較する。ドイツでは太陽光、風力など、再生可能エネルギーを優先的に送電網に送ることができるのに対して、日本では、再生可能エネルギーの発電量が不安定なことや容量不足などを理由に既存の送電網に送ることができないという。

僕の感想。

グローバル資本主義が、本気で地球の環境のことを考えているかどうかは疑問だが、温暖化による異常気象の荒波が、ようやく彼らの足元を洗い始めたようだ。そして彼らの多くが「脱炭素」のほうにビジネスチャンスを見出しているのは明らかだ。番組の中で紹介されていた、日本が進めている「高効率の石炭火力発電所」の輸出は、現状では意味のある話なのかもしれない。しかし僕には、原発の再稼動にこだわる日本の電力ファミリーが苦し紛れに打ち出した戦略のようにしか見えない。ほんの一部の人々の利権を守るために、日本は、世界の潮流から背を向けようとしている。3.11のあと、日本は、脱炭素へ転換する絶好のチャンスを与えられた。しかし、結局、それを活かすことができなかった。NHKオンデマンドでも配信中。